2021/8/5
ワイン充填方法事件
平成30年(2018年)4月20日東京地裁40部判決
平成27年(ワ)第21684号 特許権侵害差止等請求事件
原告:バロークス プロプライアタリー
被告:モンデ酒造、大和製罐、伊藤忠食品、セブン・イレブン
本件は、アルミ缶にワインを充填する方法に関する原告の特許権に対して、アルミ缶を製造するメーカー、そのアルミ缶にワインを充填してボトルワインを製造するメーカー、そして、そのボトルワインを販売する卸業者や小売業者を被告した侵害差止訴訟ですが、結局のところ、当該特許権はサポート要件と実施可能要件に違反するとの無効の抗弁が成立し、権利行使不能として非侵害と判断された事件に関するものです。
最高裁HP:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=87717
(1)事件の概要
①本件の特許権(特許3668240号)
本件特許権は、発明の名称を「アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法」とするものであって、訂正前の請求項1(本件発明)は下記のように分説されます。
「A アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法であって,該方法が:
B 35ppm未満の遊離SO2 と,300ppm未満の塩化物と,800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワインを製造するステップと;
C アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体に,前記ワインを充填し,缶内の圧力が最小25psiとなるように,前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングするステップと
D を含む,アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法」
②被告らの行為
ア 被告大和製罐は,平成23年から現在に至るまで,被告各製品(「プティモンテリア スパークリング」をイ号製品,「プティモンテリア ブラン」をロ号製品,「プティモンテ
リア ルージュ」をハ号製品)のための被告各アルミ缶を製造し,被告モンデ酒造に販売している。
イ 被告モンデ酒造は,平成23年から現在に至るまで,被告大和製罐から購入した被告各アルミ缶にワインを充填して被告各製品を製造し,被告伊藤忠食品に対し同各製品を販売している。
ウ 被告伊藤忠食品は,平成23年から現在に至るまで,被告モンデ酒造から被告各製品を購入し,それらを販売している。
エ 被告セブンイレブンは,平成23年から現在に至るまで,被告伊藤忠食品から被告各製品を購入し,消費者に対し販売している。
③主な争点
(1) 被告各方法は本件発明の技術的範囲に属するか
ア 本件発明は単純方法の特許か
(2) 間接侵害の成否
(3) 無効の抗弁の成否
ア 乙29発明及び乙30文献による進歩性欠如
イ 乙29発明による新規性欠如
ウ 乙29発明及び甲24文献による進歩性欠如
エ 実施可能要件違反
オ サポート要件違反
(4) 訂正の再抗弁の成否
(5) 損害の発生の有無及びその額
(2)裁判所の判断
裁判所は、事案に鑑み、サポート要件及び実施可能要件について概ね次のように判示し、本件特許はいずれの要件にも違反し、無効審判により無効にされるべきものであると認定し、権利行使不能と判断しました。
【サポート要件違反について】
1)特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければならないとしており,いわゆるサポート要件を規定している。
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである(知的財産高裁平成17年11月11日判決)。
2)これを本件発明についてみると,本件発明の意義は,アルミニウム缶にワインをパッケージングしようとすると保存中にその品質が劣化するという課題を解決するため,①「35ppm未満の遊離SO2と,300ppm未満の塩化物と,800ppm未満のスルフェートとを有する」ワインを製造し,②「アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体」を使用し,③「缶内の圧力が最小25psiとなるように,前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングする」などの方法により,上記課題を解決し,ワインの品質が保存中に著しく劣化しないという効果を実現しようとするものであると認められる。
3)本件発明に係る特許請求の範囲の記載のうち,特にワインの品質の劣化に関連すると考えられる上記①,②について,対応する発明の詳細な説明の記載を検討する。
ア 上記①(遊離SO2,塩化物及びスルフェートの濃度)について
上記①(構成要件B)は,「35ppm未満の遊離SO2 と,300ppm未満の塩化物と,800ppm未満のスルフェート」を有するワインを製造するというものであるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,上記の構成に関し,「上述のようにして製造されたワインは,35ppm未満の遊離二酸化硫黄レベルと,250ppm未満の総二酸化硫黄レベルとを有する。酸,塩化物,ニトレート及びスルフェートを形成することができる陰イオンレベルは,規定の最大値未満である。」(段落【0032】)との記載が存在するにすぎない。このように,本件明細書の発明の詳細な説明には,ワインの品質に影響を与える成分の中から「遊離SO₂」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度範囲を特定することの技術的な意義,本件発明の効果との関係,濃度の数値範囲の意義についての記載は見当たらない。
次に,上記構成により本件発明の効果を実現できることが技術常識であったかどうかについて検討するに,まず,「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」のうち,「遊離SO2」については,金属腐食性の強い物質であり,その含有量が低いほど金属缶入りワインの耐食性が向上することは当業者に周知の事項であるということができる。
しかし,「塩化物」及び「スルフェート」については,アルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす因子であることは技術常識であったとしても,一方では,乙29文献の表2に,硫酸及び塩酸が「化学的/物理的安定性」については正の影響を与えることが示されているのであるから,ワインの品質の保持のためには,その濃度を高くすることも考え得るのであって,本件特許の出願日当時,本件発明の効果を実現するためにその濃度を低くすることが当然であるとの技術常識が存在したということはできない。
また,乙29文献の表2及び3によれば,ワインをパッケージングしたアルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす成分等は他に複数あるものと認められるところ(例えば,リンゴ酸,クエン酸,炭酸ガス,酸素,銅イオン,亜鉛イオンなど),その中で「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の各成分の濃度を特定すれば,他の成分の濃度等を特定することなく本件発明の効果を実現できることが技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。むしろ,当業者であれば,「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」以外の様々な成分等もアルミニウム缶にパッケージングされたワインの品質に影響を及ぼすと考えるのが通常であるということができる。
そうすると,「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度のうち,特に「塩化物」及び「スルフェート」の濃度に係る構成については,その濃度範囲を特定することの技術的な意義,本件発明の効果との関係,濃度の数値範囲の意義についての記載がないと,当業者は,特許請求の範囲に記載された構成により本件発明の課題を解決し得ると認識することができないというべきところ,本件明細書にはそのような記載がない。
イ 上記②(耐食コーティング)について
上記②の「アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされている」ことに関し,本件明細書の発明の詳細な説明には,「この缶のライニングも同様であり,典型的には,ホルムアルデヒドを基剤とする架橋剤と組み合わされたエポキシ樹脂である。…。典型的には,175mg/375ml缶が,適切な膜厚をもたらすことが判った。…良好に架橋された不透過性膜によって,保存中に過度のレベルのアルミニウムがワイン中に溶解しないことを保証することが重要である。」(段落【0034】)と記載されている。同記載によれば,本件発明の「耐食コーティング」は,アルミニウム缶の内面に架橋剤及び熱硬化性の合成樹脂を含む液体状組成物をコーティングしてこれを熱硬化させて膜を形成するタイプに限られず,平板状のアルミニウムの板に腐食防止性を有するフィルムをラミネートした後,このフィルム付きの平板状のアルミニウムの板を缶に加工するというタイプも含むと解するのが相当である。
ところで,耐食コーティングに用いる材料の種類や成分の違いにより,缶内の飲料に与える影響に大きな差があることは,本件特許の出願日当時,当業者に周知であるということができる(乙34~36)。例えば,特開平7-232737号公開特許公報(乙36)には,「エポキシ系樹脂組成物を被覆した場合,ワイン系飲料に含まれる亜硫酸ガス(SO2)をはじめとするガスに対するガスバリヤー性が劣っており,かつフレーバー成分の収着性が高い。例えば,ワイン系飲料等を充填した場合,含有する亜硫酸ガス(SO2)が塗膜を通過して下地の金属面を腐食する虞があり,場合によっては内容物が漏洩することもある。この亜硫酸ガスは下地の金属と反応して硫化水素(H2S)を発生させるが,この硫化水素(H2S)は悪臭の主要因となるばかりでなく,飲料の品質保持のため必要な亜硫酸ガス(SO2)を消費するため飲料の品質を劣化させフレーバーを損なうこととなる。また,この樹脂組成物は飲料中のフレーバーを特徴付ける成分を収着しやすく,飲料用金属容器の内面に被覆するには官能的に充分満足のできるものではない。」(段落【0004】),「一方,ビニル系樹脂組成物を被覆した場合,…エポキシ系樹脂組成物と同様に亜硫酸ガス(SO2)等に対するガスバリヤー性に乏しく,やはり腐食や漏洩の危険性及び官能的な問題がある。」(段落【0005】)との記載がある。これによれば,耐食コーティングに用いる材料や成分が,ワイン中の成分と反応してワインの味質等に大きな影響を及ぼすことは,本件特許の出願日当時の技術常識であったということができる。
上記のとおり,耐食コーティングに用いる材料の成分が,ワイン中の成分と反応してワインの味質等に大きな影響を及ぼし得ることに照らすと,本件明細書に記載された「エポキシ樹脂」以外の組成の耐食コーティングについても本件発明の効果を実現できることを具体例等に基づいて当業者が認識し得るように記載することを要するというべきである。
この点,原告は,本件発明の課題は,ワイン中の遊離SO2,塩化物及びスルフェートの含有量を所定値以下にすることにより達成されるのであり,耐食コーティングの種類によりその効果は左右されない旨主張する。しかし,塗膜組成物の組成を変えることにより塗膜の物性が大きく変動し,缶内の飲料に大きな影響を及ぼすことは周知であり(乙34の第1表,乙35の第2,3表等),ワイン中の遊離SO2,塩化物及びスルフェートの含有量を所定値以下にすれば,コーティングの種類にかかわらず同様の効果を奏すると認めるに足りる証拠はない。
4)以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,具体例の開示がなくとも当業者が本件発明の課題が解決できると認識するに十分な記載があるということはできない。そこで,本件明細書に記載された具体例(試験)により当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得たかについて,以下検討する。
ア 本件明細書には,「パッケージングされたワインを,周囲条件下で6ヶ月間,30℃で6ヶ月間保存する。50%の缶を直立状態で,50%の缶を倒立状態で保存する。」(段落【0038】)との方法で試験が行われた旨の記載がある。しかし,本件明細書には,当該「パッケージングされたワイン」の「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度,その他の成分の濃度,耐食コーティングに用いる材料や成分等については何ら記載がなく,その記載からは,当該「パッケージングされたワイン」が本件発明に係るワインであることも確認できない。
イ また,本件明細書には,試験方法について,「製品を2ヶ月の間隔を置いて,Al,pH,°ブリックス(Brix),頭隙酸素及び缶の目視検査に関してチェックする。…目視検査は,ラッカー状態,ラッカーの汚染,シーム状態を含む。…官能試験は,味覚パネルによる認識客観システムを用いる。」(段落【0039】)との記載がある。「頭隙酸素」については,乙29文献(4頁下から2行~末行)に「ヘッドスペースの酸素は,アルミニウムの放出に関して非常に重大である」との記載があるとおり,ワインの品質に大きな影響を与え得る因子であり,「官能試験」はワインの味質の検査であるから,いずれもその方法や結果は効果の有無を認識する上で重要である。しかし,本件明細書には,「頭隙酸素」のチェック結果や「目視検査」の結果についての記載はなく,「官能試験」についても「味覚パネルによる認識客観システム」についての説明や試験結果についての記載は存在しない。
ウ さらに,本件発明に係る特許請求の範囲はワイン中の三つの成分を特定した上でその濃度の範囲を規定するものであるから,比較試験を行わないと本件発明に係る方法により所望の効果が生じることが確認できないが,本件明細書の発明の詳細な説明には比較試験についての記載は存在しない。このため,当業者は,本件発明で特定されている「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」以外の成分や条件を同程度としつつ,「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度を特許請求の範囲に記載された数値の範囲外とした場合には所望の効果を得ることができないかどうかを認識することができない。
加えて,耐食コーティングについては,試験で用いられたものが本件明細書に記載されている「エポキシ樹脂」かどうかも明らかではなく,まして,エポキシ樹脂以外の材料や成分においても同様の効果を奏することを具体的に示す試験結果は開示されていない。
エ 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された「試験」は,ワインの組成や耐食コーティングの種類や成分など,基本的な数値,条件等が開示されていないなど不十分のものであり,比較試験に関する記載も一切存在しない。また,当該試験の結果,所定の効果が得られるとしても,それが本件発明に係る「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度によるのか,それ以外の成分の影響によるのか,耐食コーティングの成分の影響によるのかなどの点について,当業者が認識することはできない。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載された「試験」に関する記載は,本件発明の課題を解決できると認識するに足りる具体性,客観性を有するものではなく,その記載を参酌したとしても,当業者は本件発明の課題を解決できるとは認識し得ないというべきである。
5)以上のとおり,本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるということはできないから,特許法36条6項1号に違反する。そして,この無効理由は,本件訂正によっても解消しない。
【実施可能要件違反について】
1)明細書の発明の詳細な説明の記載は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないから(特許法36条4項1号),方法の発明については,当業者が,明細書の発明の詳細な記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その方法を使用することができる程度の記載があることを要する。
2)そこで,検討するに,被告は,「35ppm未満の遊離SO2と,300ppm未満の塩化物と,800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワイン」の製造条件を当業者が想定することはできないと主張する。
確かに,本件明細書の段落【0016】~【0031】に記載されたブドウの栽培方法等に従った栽培を行うことにより「35ppm未満の遊離SO2と,300ppm未満の塩化物と,800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワイン」が製造されるかどうかは明らかではない。また,本件明細書の段落【0015】に記載された「規定レベルよりも高いレベルの構成成分でワインを処理し,これらの構成成分を除去するか又はこれらの構成成分の含有率を本発明に必要となる含有率まで低下させる」方法も開示されていない。
しかし,同段落には,「本発明において,「ワイン」という用語は,極めて広範囲に使用され,この用語には…ミネラルウォーター及びフルーツジュースとブレンドされたワインが含まれる。」との記載があり,ワインとミネラルウォーター等をブレンドすることが示唆されているので,当業者であれば,こうした記載を参酌し,塩化物やスルフェートの含有率の低いミネラルウォーター,フルーツジュース又はワインとブレンドすることによって,塩化物やスルフェートの含有率を本件発明に必要となる含有率まで低下させることは可能であるというべきである。
したがって,「35ppm未満の遊離SO2 と,300ppm未満の塩化物と,800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワイン」の製造条件を当業者が想定することが困難であるということはできない。
3)他方,乙29文献の表2及び3によれば,ワインをパッケージングしたアルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす成分は他に複数あるものと認められ,「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度を特定すれば,他の成分の濃度いかんにかかわらず本件発明の効果を実現できるという技術常識が存在したと認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件発明に係る方法を使用するためには,本件明細書に「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度に加えて,本件発明に係る「ワイン」に含まれ,効果に影響を及ぼし得るその他の成分の濃度等についても具体的に記載されていないと,当業者はどのような組成のワインが本件発明に係る効果を奏するかを確認することが困難であるが,本件明細書に記載された「試験」で使用されたワインの組成は「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度すら明らかではなく,他の成分の種類や濃度も何ら開示されていないことは前記判示のとおりである。
4)また,耐食コーティングに用いる樹脂等の成分の違いにより,缶内の飲料に与える影響に大きな差があることは前記のとおりであるところ,本件明細書には耐食コーティングの具体例として「エポキシ樹脂」が挙げられているのみで,他の種類のコーティングにおいても同様の効果を奏すると当業者が理解し得る記載は存在しない。また,そのような技術常識が本件特許の出願時に存在したと認めるに足りる証拠はない。
また,本件明細書に記載された「試験」で用いられた耐食コーティングの種類は明らかではなく,どのようなコーティングがワインの組成成分とあいまって本件発明に係る効果を奏するかを具体的に示す試験結果は存在しない。そうすると,当業者は,本件発明を実施するに当たって用いるべき耐食コーティングについても過度の試行錯誤することを要するというべきである。
5)以上のとおり,本件発明に係るワインを製造することは困難ではないが,本件発明の効果に影響を及ぼし得る耐食コーティングの種類やワインの組成成分について,本件明細書の発明の詳細な説明には十分な開示がされているとはいい難いことに照らすと,本件明細書の発明の詳細の記載は,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているということはできず,特許法36条4項1号に違反するというべきである。そして,この無効理由は,本件訂正によっても解消しない。
よって,本件発明に係る特許は,特許法123条1項4号により特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,原告は,特許法104条の3第1項により,本件発明に係る特許権を行使することができない。
(3)コメント
①本事件は、登場人物(プレーヤー)が多く、1:1の争いではなく、1:4の争いになっています。アルミ缶へワインを充填する方法に係る特許権に関して、この特許権を侵害するとして、アルミ缶を製造するメーカー(大和製罐)、そのアルミ缶にワインを充填してボトルワインを製造するメーカー(モンデ酒造)、そして、そのボトルワインを消費者に販売する販売業者(伊藤忠食品、セブンイレブン)がまとめて被告になりました。本件特許発明を直接実施することになりうる、ボトルワインの製造メーカーだけでなく、その前段行為に相当するアルミ缶の製造メーカーや、侵害行為によって製造されたするボトルワインを消費者に販売するは販売業者も訴えられていることが特徴的かと思います。
ところで、アルミ缶の製造メーカーは、本件特許発明を直接実施する者ではありませんので、そのアルミ缶が本件特許発明の実施に重要な要素であり、そのアルミ缶の製造販売行為が間接侵害(侵害とみなす行為、特許法101条)に該当するか否かが争われたと思います。
また、ボトルワインの販売業者については、本件特許発明が物(ボトルワイン)の製造方法であれば、当該製造方法で製造された物にも特許権の効力が及ぶことから、直接侵害を構成し得ます。しかし、本件特許発明が単純方法であれば、その方法の実施にしか特許権の効力が及ばず、ボトルワインを販売のみする業者は問題なしになります。本件特許発明(請求項)の記載方法が少し曖昧なところがあり、本件特許発明がアルミ缶にワインが充填された保存安定なボトルワインの製造方法に係る発明か、あるいはアルミ缶へのワインの充填方法という単純方法に係る発明か、本事件における争点の一つにもなっています。確かに、判断に迷います。
②分析方法やスクリーニング方法であれば、新たな物は特に製造されず、典型的な単純方法の発明かと思います。しかし、単純方法か製造方法か判断が難しい場合があります。花の育成方法や真珠の養殖方法などは単純方法の発明とも見えますが、新たな花や真珠が得られますので、製造方法の一種のように思います。
では、漁獲方法はどうか。取れた魚は取る前と変化はありませんから製造方法ではないと思います。しかし、物の生産方法ではあり得ます。日本の特許法は、発明の実施行為において、物の「製造」方法ではなく「生産」方法に関して規定しており(特許法2条3項3号)、一般に「製造」より「生産」の概念の方が広いですので、「漁業生産量」などと言うように、漁獲方法は生産方法の一種と解釈できるかもしれません。そうであれば、漁獲方法の特許発明により取れた魚にも当該特許権の効力が及ぶことになります。
本件特許発明は、前述しましたように単純方法の発明か製造(生産)方法の発明か曖昧であり、仮に特許権者がボトルワインの製造方法の発明を指向していたのであれば、いらぬ争点を増やさないためにも、そのことをもっと明確にクレームされるべきだったと思います。
なお、特許権の効力は、一般に、単純方法の発明より物の製造方法の発明の方が強いものです。また、物の製造方法の発明より物の発明の方が強いものです(物は市場に出回り、侵害発見しやすいため)。それ故、できる限り、物でクレームするよう努力し、それが難しい場合、次は物の製造方法でクレームするよう努力すると思います。両方をクレームすることも考えられます。ついでに単純方法もクレームすることがあります。
③以前、医薬発明の分野で、スクリーニング方法の特許発明に関して、当該スクリーニング方法により見出された物にも権利が及ぶか否かが争われました(米国)。結論としては、簡単には、当該スクリーニング方法で見出された物は製造(made by)された物でないと判示されました。
④本事件では、サポート要件及び実施可能要件という記載要件に違反するとして、権利行使不能と認定されました。このような記載要件違反は、特許庁より裁判所の方が認定率が高いように感じます。特許庁は記載要件判断が緩い(甘い)ようにも思います(その方が立場により有り難いこともあるが)。記載要件の適合性は、技術面からの考察に加えて、文章面からの考察の割合も高いと思われ、文章面からの考察は裁判官の方が長けているのかしれません。
以上、ご参考になれば幸いです。