2022/1/18

意匠の物品に関する査定系事件

令和4年(2022年)1月12日知財高裁2部判決
令和3年(行ケ)第10067号 審決取消請求事件

原告:ポータル インストルメンツ,インク
被告:特許庁長官

本件は、本件意匠に係る物品に関して、特許庁が認定した物品の同一性判断に誤りがあるとして当該審決が取り消された事件です。

[1]本事件の概要
(1-1)本件出願の手続経緯
本件出願は、その物品名を「インジェクターカートリッジ」とする意願2019-017357であって、令和元年10月24日付けの拒絶理由通知書に対し、令和2年3月2日に意見書を提出したが、同年4月20日付けで拒絶査定がされた。
本出願人は、同年8月12日付けで拒絶査定不服審判を請求したが(不服2020-11187号事件)、本件審判請求は成り立たないとして請求棄却の審決が下された。
(1-2)特許庁の判断
特許庁は、物品名を「注射器用シリンジ」とする引用意匠(韓国意匠)と本願意匠とは、意匠に係る物品が同一であり、形態も類似するから、両意匠は類似し、本願意匠は意匠法3条1項3号違反であると認定。
(1-3)判断された争点
本件審決の本願意匠に係る物品の認定及び本願意匠と引用意匠の物品の同一性(類似性)の認定の誤り他に判断されなかった争点が多数あり。

[2]裁判所の判断
裁判所は、下記の通り、本件審決の本願意匠に係る物品の認定及び本願意匠と引用意匠の物品の同一性の認定には誤りがあるとして、特許庁の拒絶審決を取り消した。

1 本件審決は,本願意匠が引用意匠に類似し,意匠法3条1項3号に該当するから意匠登録を受けることができないと判断した。
そこで検討するに,意匠は物品と一体をなすものであるから,登録出願前に日本国内若しくは外国において公然知られた意匠又は登録出願前に日本国内若しくは外国において頒布された刊行物に記載された意匠と同一又は類似の意匠であることを理由として,意匠法3条1項により登録を拒絶するためには,まずその意匠にかかる物品が同一又は類似であることを必要とし,更に,意匠自体においても同一又は類似と認められるものでなければならない(最高裁判所昭和45年(行ツ)第45号同49年3月19日第三小法廷判決・民集28巻2号308頁参照)。
そうすると,物品の同一性又は類似性の認定に誤りがある場合には,意匠法3条1項該当性の判断に誤りがあるというべきである。
2(1) 原告は,本件審決が,本願意匠に係る物品について「医療用注射器の外筒」と認定したことが誤りであると主張し,これに対し被告は,①本件審決は,本件願書等の記載から本願意匠に係る物品を「医療用注射器の外筒の用途及び機能を有するもの」と認定したところ,この判断に誤りはなく,②原告が,本件意見書や本件審判請求書で本願意匠と引用意匠の物品が「注射器等に用いられるカートリッジ」であって「物品が共通する」などと主張していたことは上記①の認定を裏付けるものであり,原告が,本訴において,本件審決以前にしていた主張と異なる主張をすることは禁反言により許されないなどと主張している。
(2) そこで検討するに,本件意見書や本件審判請求書において,原告は,本願意匠と引用意匠の物品が「注射器等に用いられるカートリッジ」であって「物品が共通する」などと主張していたことが認められるが,意匠登録出願についての拒絶理由の存否は,審査官が職権により判断すべきものであって(旧法17条),出願人が審査段階又は審判段階において述べたことについて自白の拘束力が働くものではない上,権利行使の当否ではなく権利設定の適否が問題となる審決取消訴訟である本件において,被告は行政庁として対応しているものであって,本願意匠の意匠に係る物品につき,査定及び審判の各段階における原告の主張が本訴における主張と異なるものであったことにより被告の利益が不当に害されるとの関係もないことからすると,本件意見書や本件審判請求書における上記の原告の主張をもって,禁反言の法理の適用などによって原告が本訴において本件審決以前にしていた主張と異なる主張をすることが許されないとまでいうことはできない
また,被告以外の第三者との関係において,禁反言の法理が適用されることにより,原告が本願意匠に係る意匠権を行使する場面に制限を受けるおそれがあるとしても,特定の当事者間における権利行使の制限の当否と権利の付与の適否とは,およそ場面が異なるのであるから,直ちに本願意匠について,意匠権登録による保護を与えるべきではないなどということはできない。
(3) さらに,審決取消訴訟の審理対象は,当該審決の判断の違法であり,その範囲は当該審判手続において具体的に争われた拒絶理由に限定されるものであるから(最高裁判所昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁参照),各当事者は,審判手続において具体的に争われていない拒絶理由を主張することは許されないものの,審判手続において具体的に争われた拒絶理由に係る判断の当否に係る主張やそれを裏付ける証拠の提出についてまで制限を受けるものではない。そして,原告の,本願意匠の意匠に係る物品が「自動注射器等の内部に挿入される,交換可能な薬液溶液」であり,引用意匠に係る物品である「注射器用シリンジ」とは異なる旨の主張は,本件の審判手続について争われた拒絶理由である「引用意匠との類似」に関する主張であって,審理対象に含まれない事項に係るものではないから,この観点からも原告の主張を制限する理由はない。
3(1) 意匠法24条1項は「登録意匠の範囲は,願書の記載及び願書に添附した図面に記載され又は願書に添附した写真,ひな形若しくは見本により現わされた意匠に基いて定めなければならない。」と規定する。
(中略)
(2) 本件願書等の記載から,本願意匠の意匠に係る物品が何であるか検討する。
(中略)
(3) 「インジェクターカートリッジ」との文言について検討すると,これは,「インジェクター」と「カートリッジ」という2つの単語が組み合わされたものと認められる。
(中略)本件において,「インジェクター」は注射器を意味すると推察される。
(中略)「カートリッジ」は交換用の液体・ガスなどを充填した小容器を意味するものと推測される。なお,各証拠に照らす限り,「カートリッジ」が文言上,「外筒」を意味するものと認めることはできない。
(中略)「インジェクターカートリッジ」は,「注射器用のカートリッジ」を意味すると認めるのが相当である。
(中略)総合すると,「インジェクターカートリッジ」は,「注射器用の交換可能な液体・ガスなどを充填した小容器」を意味すると認めるのが相当である。
(4) そうすると,本願意匠の意匠に係る物品を「医療用注射器の外筒の用途及び機能を有するもの」とした本件審決の認定には誤りがあるというほかない。もっとも,本件願書等には,「インジェクター」(注射器)が「自動注射器」を意味することまでを示唆する記載はなく,本件優先日当時において,一般に,「インジェクターカートリッジ」が自動注射器用のカートリッジを意味していたと認めるに足りる証拠もないから,本願意匠の意匠に係る物品は,自動注射器に限ることなく,「『注射器』用の交換可能な液体・ガスなどを充填した小容器」であると認めるのが相当である。
(5) 被告は,本件審決は「医療用注射器の外筒の用途及び機能を有するインジェクターカートリッジ」であると認定したのであって「医療用注射器の外筒」と認定したものではないから原告の主張は前提を欠くなどと主張するが,物品の同一性及び類似性は,物品の用途及び機能等を比較して実質的に判断すべきところ,本件審決の認定は「医療用注射器の外筒の用途及び機能を有するもの」というものであって実質的に上記原告の主張のとおり「医療用注射器の外筒」と認定したものといえる。被告の上記主張は形式にすぎ,本質を看過したもので相当ではない。
4 他方,本件審決は,「注射器用シリンジ」の意匠を引用意匠としているところ,当該部分に係る物品は,注射器用外筒の用途及び機能を有するものと認められる。
そうすると,本願意匠と引用意匠の意匠に係る物品は共通しない
5 したがって,本件審決の本願意匠に係る物品の認定及び本願意匠と引用意匠の同一性の認定には誤りがあるから,取消事由1(本願意匠に係る物品の認定及び本願意匠と引用意匠の物品の同一性(類似性)の認定の誤り)には理由がある。

[3]コメント
本件は、特許庁が本願意匠に係る物品(インジェクターカートリッジ)を、「注射器用の交換可能な液体・ガスなどを充填した小容器」(裁判所が認定)ではなく、それとは異なる「医療用注射器の外筒」と解したことに誤りがあるとして、拒絶審決が取り消された事件です。意匠登録の審査において、意匠の形態と共に、その物品の認定は、出願意匠を画する上で非常に重要ですが、結構細かい事項が問われ、しかしその点で誤りであると認定され、審決自体が取り消されてしまうのですから、物品の名称が一般的でない場合には注意が必要かと思います。出願人の主張も二転三転しているようですから、インジェクターカートリッジという名称は、曖昧なのかもしれません。
本判決では、「出願人が審査段階又は審判段階において述べたことについて自白の拘束力が働くものではない」と判示された上で、権利行使の当否ではない登録の可否の場面においては、いわゆる禁反言の法理は必ずしも適用されるものではないと判示されたことに留意すべきかと思います。譬え審決以前と異なる主張を裁判の場で行ったとしても、裁判官の心証はともかく、侵害訴訟のような特定の当事者間の争いとは異なり、許される可能性があることになります。
本判決を受け、特許庁が最高裁に上告しなければ、このまま特許庁審判部で再度の審理が行われることになりますが、本願意匠に係る物品と当該引用意匠に係る物品とは異なるものとして審理されることになります。但し、両者の物品が同一ではないとしても、類似である可能性はあり、本願意匠は、やはり意匠法3条1項3号に該当するから意匠登録を受けることができないと判断され、拒絶審決が下されるかもしれません。当該引用意匠に係る物品とは類似もしないと判断されれば、登録審決が下されるでしょうが、異なる引用意匠から意匠法3条1項3号に該当するかと判断される場合には、再び審査に差し戻しされるかもしれません。

以上、ご参考になれば幸いです。