2021/9/3

音商標「マツモトキヨシ」と商標法4条1項8号

令和3年(2021年)8月30日知財高裁1部判決
令和2年(行ケ)第10126号 審決取消請求事件

原告:株式会社マツモトキヨシホールディング
被告:特許庁長官

本件は、人の氏名を含む音商標について、商標法4条1項8号該当性を認定した特許庁審判部の判断を知財高裁が否定(商標法4条1項8号該当しない)した審決取消請求事件に関するものです。
最高裁HP:090553_hanrei.pdf (courts.go.jp)

[1]本事件の概要
(1-1)本件商標
本願(商願2017-007811)は、第35類及び第44類に属する役務を指定役務とする、下記五線譜で表される音楽的要素と「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音商標に関するものです。

(1-2)特許庁の判断
①ウェブサイトやNTT東日本及び西日本の「ハローページ」には,「マツモト」を読みとする姓氏及び「キヨシ」を読みとする名前の氏名の者が多数掲載されている実情があることからすると,本願商標を構成する「マツモトキヨシ」という言語的要素は,「マツモトキヨシ」を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであるから,本願商標は,人の「氏名」を含む商標である,
②上記ウェブサイト及び「ハローページ」に示された「マツモトキヨシ」を読みとする氏名の者は,原告(請求人)と他人であると認められるが,原告は,当該他人の承諾を得ているものとは認められない,
③したがって,本願商標は,「他人の氏名」を含む商標であり,かつ,その他人の承諾を得ているとは認められないものであるから,商標法4条1項8号に該当し,登録することができない,
④仮に本願商標が原告又はその子会社の商号の略称及び同子会社が経営するドラッグストア,スーパーマーケット及びホームセンターの店舗名を表すものとして一定の著名性があったとしても,かかる事実は本願商標の同号該当性の判断を左右するものではないというものである。
(1-3)争点
商標法4条1項8号の該当性

[2]裁判所の判断
裁判所は、下記のように判示し、本願商標は、商標法4条1項8号に該当しないと判断し、特許庁の拒絶審決を取り消しました。
(1)本願商標について
本願商標は、五線譜に表された音楽的要素及び「マツモトキヨシ」の片仮名で記載された歌詞の言語的要素からなる音商標である。本願商標の構成中の言語的要素からなる音は,「マツモトキヨシ」と称呼される。
また,本願の願書に添付された本件音声ファイルには,リズム,メロディー等の音楽的要素に乗せて男性の声の音色で「マツモトキヨシ」という言語的要素を発する音が収録されている。
(2)商標法4条1項8号該当性について
(2-1)商標法4条1項8号が,他人の肖像又は他人の氏名,名称,著名な略称等を含む商標は,その承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないと規定した趣旨は,人は,自らの承諾なしに,その氏名,名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあるものと解される(最高裁判決)。
このような同号の趣旨に照らせば,音商標を構成する音が,一般に人の氏名を指し示すものとして認識される場合には,当該音商標は,「他人の氏名」を含む商標として,その承諾を得ているものを除き,同号により商標登録を受けることができないと解される。
また,同号は,出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名,名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨の規定であり,音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても,当該音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識されない場合にまで,他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものと解することはできない
そうすると,音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても,取引の実情に照らし,商標登録出願時において,音商標に接した者が,普通は,音商標を構成する音から人の氏名を連想,想起するものと認められないときは,当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものといえないから,当該音商標は,同号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。
(2-2)認定事実によれば,本願商標に関する取引の実情として,「マツモトキヨシ」の表示は,本願商標の出願当時(出願日平成29年1月30日),ドラッグストア「マツモトキヨシ」の店名や株式会社マツモトキヨシ,原告又は原告のグループ会社を示すものとして全国的に著名であったこと,「マツモトキヨシ」という言語的要素を含む本願商標と同一又は類似の音は,テレビコマーシャル及びドラッグストア「マツモトキヨシ」の各小売店の店舗内において使用された結果,ドラッグストア「マツモトキヨシ」の広告宣伝(CMソングのフレーズ)として広く知られていたことが認められる。
(2-3)取引の実情の下においては,本願商標の登録出願当時(出願日平成29年1月30日),本願商標に接した者が,本願商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音から,通常,容易に連想,想起するのは,ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」,企業名としての株式会社マツモトキヨシ,原告又は原告のグループ会社であって,普通は,「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」,「松本潔」,「松本清司」等の人の氏名を連想,想起するものと認められないから,当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない。
したがって,本願商標は,商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。
(2-4)同号は,出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名,名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨の規定であり,当該音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識されない場合にまで,他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものと解することはできないことに鑑みると,本願商標に接した者が,「マツモトキヨシ」の言語的要素からなる音をドラッグストアの店名又は企業名としてのみ認識することがない以上は,本願商標が同号の「他人の氏名」を含む商標に該当するとの解釈は妥当とはいえない。

[3]コメント
本事件は、CMソングとして流れている「マツモトキヨシ」の音商標に関して、他人の氏名等を含む商標に該当するとして登録を拒絶した特許庁の判断を、知財高裁が否定したものです。音商標について、当該商標法4条1項8号の該当性が裁判所で争われたのは初めてではないかと思われます。
商標法4条1項8号は、他人の氏名等を含む商標登録を排除するための規定であって、一つはその他人の人格的利益を保護すると共に、出願人の商標登録を受ける権利との利益調整を図る規定です。その他人の人格的利益を保護する観点から、当該商標の指定商品の需要者のみを基準とすることは必ずしも要しないとされており(審査基準)、また、同号の文言要件を充足しさえすれば、出所混同の有無やいずれかが周知著名かなどは考慮せず、人格的利益が害されるとして拒絶されるべきとする判決例も多いと思われます。本事件でも、メロディーを伴う「マツモトキヨシ」の音商標は、一定の著名性を有すると特許庁は判断しつつ、同号に該当すると認定しました。一方、裁判所は、当該「マツモトキヨシ」の音商標が著名性を有することを踏まえ、当該音商標から一般的な「松本清」等の人の氏名を連想、想起するものとは認められないとして、出願人の商標登録を受ける権利を優先し、同号に該当しないと認定しました。そして、一般的な人の氏名を連想、想起しないから他人の氏名等を含む商標には該当しないと認定しました。
本事件のように、普通に「マツモトキヨシ」と聞こえても、メロディーと相まって著名性を獲得すれば、商標法4条1項8号の該当性を回避できると思います。
本事件は、音商標に関する問題でしたが、本事件の裁判所の考え方によれば、例えば、通常の2次元の文字商標でも当てはまる場合があるのではないかと思われます。例えば、人の一般的な氏名が読み取れるが、書体が特殊な文字商標であって、その商標が著名であり、その商標に接した需要者・取引者が当該一般的な人の氏名を連想、想起せず、指し示すものとして認識されないようなものであれば、同号の該当性は回避できる可能性があると思われます。

以上、ご参考になれば幸いです。