2026/3/16
医薬用法用量特許の進歩性に関する判決例
令和8年(2026年)2月9日知財高裁第4部判決
令和7年(行ケ)第10054号 審取消請求事件
原告: ベーリンガー インゲルハイム
被告:沢井製薬
本件は、公知有効成分のいわゆる用法用量に関する特許発明について、進歩性なしとの無効審決に対して原告(特許権者)が当該審決の取消しを求めて知財高裁に提訴した事件であって、知財高裁においても当該審決が支持された行政事件に関するものです。
最高裁HP:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-95513.pdf
[1]本事件の概要
本件特許は、発明の名称を「DDPIVインヒビターの使用」とする発明に係る特許第6143809号であって、請求項1の発明(本件発明1)は下記の通りである。
「経口投与用に5mg用量の1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]- 3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)キサンチン(本件化合物)を含む、タイプ2糖尿病の治療用医薬組成物であって、1日に1回投与するための前記医薬組成物。」(下線追記)
本件発明1は、いわゆる用法用量に関するものである。
本件発明1に対して、特許庁は、特表2006-503013(甲1発明)を主引例(物質基本特許)として、それに技術常識を加味して進歩性を欠くと判断し、無効の審決を下しました。具体的には、本件発明1について、概ね次のように判断いたしました。なお、審判番号は、無効2023-800045号である。
①技術常識
本件優先日当時、以下の各技術常識が存在した。
ア 糖尿病は、慢性の高血糖状態を特徴とする代謝疾患であり、代謝異常が長く続くと特有の合併症(網膜症、腎症、神経障害など)が起こることから、糖尿病の治療目的は、血糖をコントロールすることにより、高血糖状態を改善し、糖尿病の合併症の予防及び治療を行うことにあるところ、単独の血糖降下薬の投与で血糖コントロールが不十分な場合には、作用機序の異なる経口血糖降下薬を併用すること(技術常識1)。
イ DPPⅣ阻害薬は、2型糖尿病の経口投与可能な治療薬として使用可能であること(技術常識2)。
ウ 医薬品の用量は、通常、非臨床試験の結果等を総合的に判断し、ヒトに対して十分に安全と見込まれる用量を推定して初回投与量とし、段階的に用量を増して安全用量の範囲を推定する第Ⅰ相試験から、第Ⅱ相試験、第Ⅲ相試験へと順に進めていく手順を踏んで、最終的に決定されること(技術常識3)。
エ 第Ⅰ相試験における初回投与量は、動物実験によって決定された量よりも相当程度減量して(50%致死量(LD₅₀)の1/600以下、50%有効量(ED₅₀)の1/60以下、推定臨床用量の1/10~1/20、無毒性量(NOAEL)のヒト等価用量(HED)の1/10など)、ヒトに対する安全性を考慮して決定すること(技術常識4)。
②本件発明1について
技術常識2を踏まえれば、本件発明1と甲1発明との間には以下の相違点1が存在する。
【相違点1】
本件発明1においては、「5mg用量」「1日に1回投与する」と特定されているのに対し、甲1発明においては、用量及び投与回数は特定されていない点。
技術常識3を踏まえれば、甲1発明を、相違点1に係る本件発明1の構成を有するものとすることは、当業者が通常有する創作能力の範囲でなし得る。また、本件発明1が甲1発明に対して顕著な効果を有するともいえない。したがって、本件発明1は、甲1発明及び技術常識に基づいて、当業者が容易に想到することができたものである。
[2]裁判所の判断
裁判所は、下記のように判示し、特許庁と同様に、本件発明1は甲1発明及び技術常識から進歩性を有しないと判断しました。
(1)甲1文献の発明の詳細な説明には、一般式Ⅰで表される化合物がその効果を達成するのに必要な用量は、経口経路による場合、好ましくは1~100mgの範囲であること、1日当たり1~4回投与すること(【0043】)が記載されている。医薬品の用量は、通常、非臨床試験の結果などを総合的に判断し、ヒトに対して十分に安全と見込まれる用量を推定して初回投与量とし、段階的に用量を増して安全用量の範囲を推定する第Ⅰ相試験から、第Ⅱ相試験、第Ⅲ相試験へと順に進めていく手順を踏んで、最終的に決定されるとの技術常識3に照らせば、甲1文献に接した当業者は、上記幅のある数値の下限値(1mg、1日1回投与)を初回投与量の参考として用い、上記手順を踏んで最終的な用量を決定すると認められ、本件発明1が特定する「5mg」「1日1回投与」との用量は、上記手順を踏んだ結果、最終的に当業者が選択し得るいくつかの用量に当然に含まれるとみることができる。
したがって、当業者が、「5mg」「1日1回投与」との用量に想到することは容易であったと認められる。
(2)原告は、第Ⅰ相試験における初回投与量の決定は、米国食品医薬品局(FDA)のガイダンスが示す基準に従ってされるのが技術常識であり、同基準によれば、最終的な用量は9.68mg以上となり、本件発明1の「5mg用量」には到達しない旨主張する。
しかしながら、本件優先日当時、上記初回投与量の決定に関する基準は、上記米国食品医薬品局(FDA)の基準以外にも複数存在したのであるから、特定の基準によって初回投与量を決定するとの技術常識が存在したと認めるに足りない。
また、原告は、甲1文献には実施例の製剤例として75mgという用量が記載されていること(【0204】実施例4)から、この用量を初回投与量として設定し、「5mg用量」に想到しないとも主張する。しかし、技術常識3に照らせば、当業者が、甲1文献に好ましい投与量として示された「1ないし100mgの範囲」の下限値を大幅に超える75mgを、ヒトに対して十分に安全と見込まれる初回投与量として設定する合理的な理由があるとは解し難い。
(3)以上によれば、当業者は、甲1発明に技術常識3を適用して、相違点1を有する本件発明1を容易に想到し得たということができるから、本件審決の判断に誤りはない。
[3]コメント
(1)本事件は、用法用量のみに特徴を有し、それ以外は従来技術の範疇にある用法用量発明に対して、一旦は特許が認められたものの、その後の当事者系の争い(無効審判)により、特許庁(審判部)も裁判所も特許性を認めず、当該特許は無効と判断されたものです。
本件特許の審査段階から甲1文献の段落0043に、本件化合物を含む一般式Ⅰで表される化合物がその効果を達成するのに必要な用量は、経口経路による場合、好ましくは1~100mgの範囲であること、1日当たり1~4回投与することといった、本件特許発明に係る用量「5mg」及び用法「1日1回投与」が包摂される記載があることが指摘されてはいましたが、だからと言ってそこから当該「5mg」や「1日1回投与」に到達することが容易であるとの論理付ができなかったため特許されたと思われます。当該「5mg」や「1日1回投与」に到達することが容易であると認定するためには、それらの用量や投与回数は、ルーチン的に決まるものであることを証拠でもって認定する必要があると思われるところ、そのような証拠を一審査官は持ち合わせないのが通常ですから、そうするとルーチン的な事項であったとしてもそのように認定できず、結局、特許査定せざるを得なかったということかもしれません。
尤も特実審査基準(附属書B第3章医薬発明)では、「特定の疾病に対して、薬効増大、副作用低減、服薬コンプライアンスの向上といった当業者によく知られた課題を解決するために、用法又は用量を好適化することは、当業者の通常の創作能力の発揮である。したがって、請求項に係る医薬発明と引用発明とにおいて、適用する疾病が相違しないものの用法又は用量が異なり、その点で請求項に係る医薬発明の新規性が認められるとしても、引用発明と比較した有利な効果が当業者の予測し得る範囲内である場合は、通常、その進歩性は否定される(事例 5)。」と明記されていますので、引用発明とは疾病が相違するとか、引用発明と比較して有利な効果があることを出願人が立証しない限り、画一的に進歩性なしと判断することもできたかもしれません。しかし、現実問題としては難しく、審査官的には特許せざるを得なかったと思われます。これは、医薬発明は、他の化学発明と同様に実験結果が事前に予測しがたいところがあることや、他の技術分野と比べて特許の得喪が医薬ビジネスに多大な影響を与えることなどが背景にあるように思います。
(2)上記審査基準から分かるように、適用する疾病が相違すれば、単なる用量や用法の限定に見えても、特許されるはずです。従って、先発側(ブランドメーカー)の出願人としては、用法用量について後々特許出願し、いわゆるLCM(ライフサイクルマネージメント)を図るのであれば、有効成分に係る物質特許においては、適用疾患の記載は最小限に止め、細かいところまでは記載しないことにし、適用する疾病が同じと認定されない工夫をすることが考えられるかと思います。そのことが意外な効果ないし有利な効果の主張にもつながるかと思われます。
その他、用法用量特許の明細書において、ある一定の患者に対して(ある遺伝子型を有する者用や小児用など)、あるいは他剤との併用において効果を高める用法や用量であると主張できるようにしておくことも考えられるかと思われます。但し、その場合、当該患者限定や他剤との併用が発明特定事項に加える必要が出てくるかもしれません。
(3)なお、いわゆる用法用量特許は、一般的には、先発側が出願し取得して、LCMを図っていくための一手段と思われます。それ故、先発側としては、将来的に特許無効となっても、一度特許になれば、それを他社が無効とするには相当の労力、時間、費用を要し、一定の後発排除効果を奏しうることから、それで十分とする考えもあるかと思います。一方、後発側(ジェネリックメーカー)としては、そのような特許の成立阻止を図るべきですが、そのための手段としては情報提供しか見当たらず、十分ではないかもしれません。それでも情報提供制度を活用する場合には、提出する文献ないし証拠としては直接的な新規性ないし進歩性を否定するためのものより、用法用量などはルーチン的な作業により決定されることを分かり易く説明するための教科書的な文献が良いように思われます。そのような技術常識を踏まえれば主引例から自明であると論理展開することになるかと思います。
以上、ご参考になれば幸いです。