2023/10/30

「除くクレーム」の是非

令和5年(2023年)10月5日知財高裁第2部判決
令和4年(行ケ)第10125号 審決取消請求事件

原告:ザ ケマーズ カンパニー エフシー リミテッド ライアビリティ カンパニー
被告:AGC株式会社

本件は、いわゆる除くクレームについて、無効審判において原告が行った訂正請求が訂正要件違反であるとした特許庁の判断が、裁判所において否定され、その訂正要件違反を基礎とした特許庁の無効審決が取り消された事件に関するものです。
最高裁HP:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/409/092409_hanrei.pdf

[1]本事件の概要
(1-1)本件特許発明
本件特許は、特許第6585232号であって、発明の名称を「2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン、2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン、2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパンまたは2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物」とする発明に関するものです。
訂正前と訂正後の請求項1は、下記の通りです。
(訂正前)「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物。」
(訂正後)「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)。」
(1-2)特許庁における手続経緯
被告は、令和2年9月18日、本件特許(請求項の数7)について、無効審判請求をし、特許庁はこれを無効2020-800082号事件として審理しました。
特許庁は、令和3年10月13日、審決の予告をし、原告は、令和4年1月17日、訂正請求書を提出して、本件特許の特許請求の範囲を訂正することを求めましたが、特許庁は、同年8月16日、本件訂正は認められないとした上で、「特許第6585232号の請求項1ないし7に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(本件審決)をしました。
(1-3)本件審決の理由の要点(本件訂正に関する部分)
本件明細書等中には、「HFO-1234yf」、「HFC-254eb」及び「HFC-245cb」の全てを含む組成物に関する記載として、表5(【表6】)の温度(℃)が「500」の欄及び表6(【表7】)の時間が「3」の欄に、それぞれ、これらの成分の含有量(モルパーセント)を示したものが記載されている。
これらは、リアクタからの流出物の成分をオンラインGCMSを用いて分析したものであって、表5(【表6】)はリアクタの温度を変更した際の流出物の成分を示すものであり、表6(【表7】)は、リアクタの温度を575℃及び400℃として、周期的に採取された流出物の成分を示すものである。これら2つのもの以外は、いずれも、「HFO-1234yf」、「HFC-254eb」及び「HFC-245cb」を同時に全て含むリアクタからの流出物は示されていない。
そうすると、本件明細書等には、「HFO-1234yf」、「HFC-254eb」及び「HFC-245cb」の全てを含む組成物が、その他の多数の組成物と特段区別されることなく一体となって記載されているだけである。
また、本件明細書等には、「HFO-1234yf」、「HFC-254eb」及び「HFC-245cb」を同時に含む組成物については、裏付けをもって実質的に記載されているとは認められない。
本件訂正のような、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、訂正前の請求項1に係る発明(本件発明1)において、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く対象」が存在しないとしても、訂正後の請求項1に係る発明(本件訂正発明1)には、「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解される。
しかしながら、訂正前の請求項1には、HCFC-225cbについての規定はなく、請求項1を引用する請求項2~7においても、HCFC-225cbについての規定はないし、本件明細書等にも、HCFC-225cbについての記載を見いだすことはできず、本件発明1に「HCFC-225cb」が含まれているかどうかは判然としない。さらに、本件明細書等に記載されたいずれかの反応生成物にHCFC-225cbが含有されるものであるという技術常識も存在しない。
ましてや、本件明細書等には、HCFC-225cbについての記載がないのであるから、その含有量については不明としかいうほかない。すなわち、本件発明1が「HCFC-225cb」を含むことは想定されていないというべきである。
そうすると、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできない
以上のとおり、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであって、新規事項を追加するものに該当し、特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の規定に違反する。

[2]裁判所の判断
裁判所は、下記のように判示し、本件訂正は違法でないと判断され、違法との判断の下で下された特許庁の無効審決も取り消しました。
<本件訂正の適否>
(1)特許請求の範囲等の訂正は、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしなければならないところ(特許法134条の2第9項、126条5項)、これは、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにしたものと解され、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、訂正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
(2)本件についてみると、次のとおり、本件訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」されたものと認められる。
ア 本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物。」というものであって、その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含むことは明らかであり、文言上、これらの化合物を含む限り、それ以外のいかなる物質を含む組成物も当該特許請求の範囲に含まれ得るものと解される。
本件明細書等には、「出願人は、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。」(【0003】)、「本発明によれば、HFO-1234yfと、HFO-1234ze、HFO-1243zf、HCFC-243db、HCFC-244db、HFC-245cb、HFC-245fa、HCFO-1233xf、HCFO-1233zd、HCFC-253fb、HCFC-234ab、HCFC-243fa、エチレン、HFC-23、CFC-13、HFC-143a、HFC-152a、HFO-1243zf、HFC-236fa、HCO-1130、HCO-1130a、HFO-1336、HCFC-133a、HCFC-254fb、HCFC-1131、HFC-1141、HCFO-1242zf、HCFO-1223xd、HCFC-233ab、HCFC-226baおよびHFC-227caからなる群から選択される少なくとも1つの追加の化合物とを含む組成物が提供される。組成物は、少なくとも1つの追加の化合物の約1重量パーセント未満を含有する。」(【0004】)、「一実施形態において、HFO-1234yfを含む組成物中の追加の化合物の合計量は、ゼロ重量パーセントを超え、1重量パーセント未満までの範囲である。」(【0012】)との記載があり、これらの記載からすると、本件明細書等には、①HFO-1234yfを調製する際に特定の追加の化合物が少量存在すること及び②HFO-1234yfを含む組成物中の追加の化合物の合計量がゼロ重量パーセントを超え、1重量パーセント未満までの範囲であることが記載されているといえる。
また、本件明細書等の【0013】、【0016】、【0019】、【0022】、【0030】、【図1】の記載を総合すると、本件明細書等には、HFO-1234yfを調製する過程において生じる副生成物や、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、HCFC-244bb)に含まれる不純物が、追加の化合物に該当することが記載されているといえる。
イ 本件における当初技術的事項の内容は、HFO-1234yfを調製するに当たり、副生成物や、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、HCFC-244bb)に含まれる不純物が追加の化合物として少量存在し得ること、及び、本件発明1については、追加の化合物として、少なくとも、HFC-254ebとHFC-245cbが含まれることであると認められる。
他方、本件明細書等には、HFO-1234yfを調製する過程において、HFC-254eb及びHFC-245cb並びにその余の化合物が含まれる組成物についての記載はあるものの(【表6】表5、【表7】表6)、HCFC-225cbに係る記載はなく、また、本件明細書等の記載から、HFO-1234yfを調製する過程においてHCFC-225cbが副生成物として生じたり、HFO-1234yf又はその原料にHCFC-225cbが不純物として含まれたりするなどして、組成物にHCFC-225cbが含まれることが当業者にとって自明であると認めることはできないから、当業者は、本件明細書等のすべての記載を総合することによっても、本件発明1にHCFC-225cbが含まれるとの技術的事項を導くことはできない
ウ そして、本件訂正発明1は「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)。」というものであって、本件訂正によって、本件発明1から、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が除外されたものであるが、本件訂正により、本件明細書等に記載された本件発明1に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているとはいえないから、本件訂正は、本件明細書等に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものではない
エ 本件審決は、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、本件発明1において、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く」対象が存在しないとしても、本件訂正発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解した上、本件では、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできないから、本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであると判断した。
そこで検討するに、本件明細書等にはHCFC-225cbに係る記載は全くないものの、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含む限り、それ以外のいかなる物質をも含み得る組成物を意味するものと解されるものである。そして、本件訂正により、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く」と特定されたことをもって、本件訂正発明1には、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が含まれないことが明示されたということはできるものの、本件訂正発明1が、HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物であることが明示されたということはできない
オ したがって、本件訂正は、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものというべきである。
(3)被告は、本件訂正は、甲4発明と同一である部分を除外する訂正とはいえず、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められないと主張する。
しかしながら、特許法134条の2第1項に基づき特許請求の範囲を訂正するときは、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内でしなければならず、実質上、特許請求の範囲を拡張し、変更するものであってはならないとされている(同条9項、同法126条5項及び6項)が、それ以上に先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。そして、訂正が、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」行われた場合、すなわち、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第三者に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではないというべきである。
また、被告は、除くクレームの形式で自由に訂正発明の内容を規定することは許されない旨主張しているところ、本件訂正は、甲4による新規性欠如及び進歩性欠如の無効理由がある旨の審決の予告を受けてされた訂正であるが、甲4には、甲4発明が記載されているのみならず、「HCFC-225cbを含むハロカーボン混合物から、・・ヒドロフルオロカーボンを直接的に調製する有利な方法に関する。・・この方法は相当量の該HCFC-225cbを他の化合物へ転化することなく行われる。」(【0012】)、「本発明による好ましい混合物とは、化合物HCFC-225cbを含む混合物である。他の好ましい態様において、混合物は本質的に約1~約99重量パーセントのHCFC-225cb・・とから成る」(【0015】)との記載があり、同各記載を踏まえると、本件訂正は、甲4に記載された発明と実質的に同一であると評価される蓋然性がある部分を除外しようとするものといえるから、本件訂正は先行技術である甲4に記載された発明とは無関係に、自由に訂正発明の内容を規定するものとはいえない

[3]コメント
①本件は、いわゆる除くクレーム(一般的には、クレーム(請求項)の最後に括弧書きで「但し、●●を除く。」という構成が加えられたクレームを言う。)の可否が判断された事件に関するものです。
除くクレームは、先行発明と目的などが本件発明と異なるため、技術思想としては相違するが、先行発明と構成面で一部重複することから、外形的には新規性がないとされ特許性が否定される場合に、その構成の重複部分を除くことによって新規性を確保し、そもそも技術思想は本質的に異なるから、当該先行発明から容易に想到できず進歩性をも有しうるとして特許査定に導くためのクレームドラフティングの一つの手法(テクニック)と思います。限定列挙ないし内的付加や外的付加によっても先行発明との重複を解消することができると思いますが、除くクレームの方が余分な減縮を避けることができますので、通常、他の補正方法より広い権利を確保しうると思います。
問題は、一般的には、出願後に発見された先行発明との重複を解消するために行われる手法であるため、当初明細書等にはその除く事項に関する記載も示唆もないのが一般です。そのため、新規事項の追加の可能性があり、補正(訂正)要件違反と判断されるおそれがあります。しかし、実務的には当初技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではないとして、恐らく例外的に新規事項の追加でないとされ、補正(訂正)要件を満たすと判断されています。
実務においては、この除くクレームは大変重宝でき、補正(訂正)を考える場合、個人的にはこの除くクレームの可能性を検討することが多いと思います。
②除くクレームは、言わばイレギュラーな先行発明、出願時には不知であった先行発明と構成面で重複部分があり、基本的にはその重複部分を除くために行われる補正(訂正)方法と思われますから、少なくともその除く対象が本件発明(補正(訂正)前の請求項の発明)に含まれていることが必要であると思います。但し、その対象が実質的に開示されていなければならないかが問題であり、本事件ではその点が争われたと思います。
特許庁は、簡単に言えば、クレームや明細書等には除く対象が記載も示唆もされておらず、実質的に開示されていないから、本件発明に除く対象が含まれているとは言えないと判断し、裁判所は、除く対象が形式的にでも含まれるのであればよく、本件発明はオープンクレームで、クレームされている構成要素以外であっても、任意に含みうるから、除く対象は本件発明に含まれていると判断し、当該除くクレームを認めたと思います。
裁判所は、要するに、補正(訂正)要件の適否は手続的要件の一つとして、除く対象が明細書に実質的に開示されているか否かは無関係に、また当該事項を除くことで第三者に不測の不利益を与えないことを前提として、当該事項を除くことが新たな技術的事項を導入することにならないかのみを規範に判断すべきとしたと思われ、一方、特許庁は、補正(訂正)要件を、手続的要件であることを超えて、除く対象が明細書に実質的に開示されているかといった、より実体的なクレーム解釈に近い手法を持ち込んで判断したため、特許庁の判断は否定されたと思われます。
除くクレームは、クレームから構成要素を単に除くだけですから、通常、新たな技術的事項を導入することにはならないと思われます。しかし、例えば、マーカッシュクレームで表現された化合物群について、それに包含されるが明細書に具体的な開示のない特定の化合物を先行発明とは無関係に除くことは、新たな技術的事項を導入することになるかもしれません。化合物の集合体から具体的開示のない化合物を特定することになりますから、特定された当該化合物は新たな技術的事項であると思いますし、補正の遡及効により、出願当初から明細書に記載されていたことになって、当該特定化合物に関する後願の特許の成立に影響を与える可能性があり、そうすると、第三者に不測の不利益を与えかねないからです。
③「除くクレーム」は、それにより新たな技術的事項を導入するものであってはならないとの規範の下、その規範に反しない補正方法として日本では比較的広く認められていると思います。そのこともあって、単に先行発明とのイレギュラーな重複を解消し、新規性を獲得する場合のみならず、進歩性や記載要件の克服、またクレーム途上の構成要素を限定する際など色々な場合に、除くクレームは有効と思われます。
なお、諸外国についても日本と同様に除くクレームが認められるかというと、そういうわけではないことに留意が必要かと思います。特に中国は、欧米に比べ、今のところ除くクレームに厳しいように思います。欧米の場合はケースバイケースと思われますが、日本ほど広く認められていないように思います。
余談ながら、補正全般について、近年は、日米欧の中で日本が一番緩いかもしれません。

以上、ご参考になれば幸いです。