2023/9/27

商標法3条1項4号の「ありふれた名称」か否か

令和5年(2023年)9月7日知財高裁2部判決
令和5年(行ケ)第10031号 審決取消請求事件

原告:株式会社池上製麺所
被告:特許庁長官

本件は、ありふれた氏と業種名とを組み合わせた結合商標(本件では標準文字)が商標法3条1項4号に該当するか否かが争われた事件に関するものであって、かかる結合商標はありふれた名称に相当するとして当該規定に該当すると判断され、特許庁の運用が支持された事案です。

[1]本事件の概要
(1-1)本件商標
本願(商願2020-117387)は、第43類「飲食物の提供」を指定役務とした商標見本「池上製麺所」(標準文字)に関するものである。
(1-2)特許庁の判断
①本願商標の構成中、「池上」の文字は、日本人の姓氏の一つであり、我が国において同種の氏が多数存在する名字として紹介されていることを踏まえると、「池上」はありふれた氏といえる。
また、本願商標の構成中、「製麺所」の文字は、うどん、ラーメン、そば、つけ麺等の「麺類を主とする飲食物の提供」を行う業界において、自己の業態を示すために、その名称(商号)の一部に普通に使用されているものといえる。
さらに、ありふれた氏と「製麺所」の文字を組み合わせた名称が、「麺類を主とする飲食物の提供」を行う者に採択されている実情もうかがえる。
以上を踏まえると、本願商標は、ありふれた氏である「池上」の文字と業種名として普通に使用されている「製麺所」の文字とを結合したものであって、かつ、標準文字で表されたものであるから、本願商標は、ありふれた名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり、本願商標は、商標法3条1項4号に該当する。
②本原告店舗が、一部のうどん愛好家に止まらず、本願の指定役務の需要者である一般消費者の間でも広く認識されているとまではいうことはできず、本願商標は、その指定役務である「飲食物の提供」に使用された結果、需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識することができるに至ったものとは認められない(商標法3条2項に該当しない)。
(1-3)争点
商標法3条1項4号の該当性

[2]裁判所の判断
裁判所は、下記のように判示し、本願商標は、商標法3条1項4号に該当すると判断し、特許庁の拒絶審決を支持しました。
(1)商標法3条1項4号について
「ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は、商標登録を受けることができないものとされている。これは、ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章は、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、多くの場合、自他商品・役務識別力を欠くと考えられることから、このような標章のみからなる商標については、登録を許さないとしたものと解される。
そして、ありふれた氏に業種名や会社の種別、屋号に慣用的に用いられる文字等を結合し、普通に用いられる方法で表示したものは、当該ありふれた氏を称する者等が取引をするに際して、商標として使用することを欲するものと考えられ、同様に特定人による独占的使用になじまず、かつ、その表示だけでは自他識別力を欠くものというべきであるから、特段の事情のない限り、「ありふれた名称」に当たると解するのが相当である。
(2)本願商標の商標法3条1項4号が該当性
①「池上」について
「池上」は、我が国において氏として約4万4100人に用いられている文字であり、商標法3条1項4号所定の「ありふれた氏」に当たる。
②「製麺所」について
「製麺所」は、「麺類を製造すること」を意味する「製麺」に、場所を意味する「所」が付されたもので、麺類を製造する所を意味する。
「製麺所」の名称は、もともとは、麺工場などの麺類を製造する所を指していたものであるが、製麺所において飲食物であるうどん等を提供するという業態が一般化するなどし、さらには、少なくとも本件審決時までに、全国的に、「○○製麺所」という名称のうどんやラーメン等の麺類を提供する飲食店が少なくない数において存在するに至っているということができる。このような実態に照らすと、本件審決時においては、本願商標の指定役務である「飲食物の提供」の取引者、需要者は、「製麺所」の名称について、麺類を製造する所を意味するものと認識、理解するのみならず、麺類を提供する飲食店を指す店名の一部として慣用的に用いられているものと認識、理解すると認めるのが相当である。
③本願商標について
本願商標は、ありふれた氏である「池上」と、麺類を提供する飲食店を表すものとして慣用的に用いられている「製麺所」を組み合わせた「池上製麺所」を標準文字で表したものであり、「池上」氏又は「池上」の名を有する法人等が運営する麺類を提供する飲食店というほどの意味を有する「池上製麺所」というありふれた名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であると認められるから、商標法3条1項4号に該当するというべきである。
原告は、過去の審決において示されたように、名称全体として多数存在するものでなければ「ありふれた名称」に当たらないと主張するが、商標法3条1項4号の文言上、「ありふれた名称」であると認めるために当該名称が現に多数存在することは要件とはされておらず、ありふれた氏である「池上」と麺類を提供する飲食店を示すものとして慣用的に用いられている「製麺所」とを結合し、普通に用いられる方法で表示した本願商標は、本件全証拠によっても、我が国における飲食店の取引者、需要者が、特定人の運営する飲食店(原告店舗)を意味するものであることを認識することができるほどの自他識別力を有するに至ったことを認めるに足りない。したがって、本願商標は、特定人の独占にはなじまず自他識別力を欠くものとして、同条1項4号の「ありふれた名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」と認めるほかはない。

[3]コメント
本件は、「池上製麺所」(標準文字)が、ありふれた氏「池上」と麺類を提供する飲食店を表すものとして慣用的に用いられている「製麺所」との結合商標が、ありふれた名称を普通に用いられる方法で表示するものと認定され、商標法3条1項4号に該当すると判断された事案です。特許庁は、『・・ありふれた氏、・・に、商号や屋号に慣用的に付される文字や会社等の種類名を表す文字等を結合したものは、原則として、「ありふれた名称」に該当すると判断する。』(審査基準①)との運用を行っていますから、「池上」がありふれた氏で、「製麺所」が商号や屋号に慣用的に付される文字であるならば、当該裁判所の判断は、特許庁における、現状での審査実務に沿ったものと思います。即ち、特許庁の現運用を支持したことになります。
但し、実際には、一般的と思われる氏と商号や屋号に慣用的に付される文字とが結合した商標態様であっても、商標法3条2項の適用がなく、認められた例は無きにしも非ずと思われます。
本願商標は、標準文字で出願されていますが、筆文字風の書体など多少でも一般的ではない書体で出願した場合はどう判断されるでしょうか。その点は、その書体が指定商品ないし指定役務との関係で、「普通に用いられる方法で表示する」ものと言えるのか否かによるかと思います。特許庁は、この「普通に用いられる方法で表示する」について、『商品又は役務の取引の実情を考慮し、その標章の表示の書体や全体の構成等が、取引者において一般的に使用する範囲にとどまらない特殊なものである場合には、「普通に用いられる方法で表示する」には該当しないと判断する。』(審査基準)との運用を行っていますから、麺類を提供する飲食店を表すものとして慣用的に用いられている書体の域を出ない場合には同様な判断になろうかと思います。その域を超えると思われるような書体である必要があります。実務的にはそのような慣用的に用いられている書体の域を超えるか否かの判断は難しい場合もあると思われ、実際に使用する態様であることが必要かと思いますが、できれば書体のみに頼らず、もう少し出願態様を工夫することが考えられます。例えば、差し支えなければ、自他識別性を有する文字やロゴ、記号などを付記することが考えられます。あるいは、指定商品ないし指定役務との関係で、仮に当業界の取引実情において文字を四角などで囲うことがなければ、そのように文字を四角で囲うことも考えられます。
本件では、約4万4100人の使用でもって「池上」がありふれた氏と判断されましたが、例えば1万人ならどうかなど、その認定基準に疑問を感じました。

ところで「池上製麺所」に「株式会社」を付け、原告出願人の商号「株式会社池上製麺所」で出願することも考えられます。しかし、「株式会社」は会社等の種類名であり、それを結合させても、上記の審査基準①によれば、同様に商標法3条1項4号の問題を孕み得ますし、商標法4条1項8号(他人の氏名又は名称等)の問題も孕み得ます。「株式会社池上製麺所」が原告出願人以外にいたとすれば、商標法4条1項8号により拒絶されます。
なお、商標法4条1項8号にいう「名称」はフルネームであり、即ち「株式会社池上製麺所」であって「池上製麺所」は名称ではなく、当該名称の略称と捉えます。一方、商標法3条1項4号では、運用上、「池上製麺所」を名称として扱っていますので、商標法4条1項8号の名称の扱い方と異なることに留意が必要かと思います。

以上、ご参考になれば幸いです。