2021/8/5

実施料相当額の損害

令和元年(2019年)6月20日大阪地裁26部判決
平成29年(ワ)第9201号 特許権侵害差止等請求事件

原告:デブ アイビー リミテッド

被告:サラヤ、東京サラヤ

本件は、被告の行為に対して、原告が原告の特許権に基づき差止請求、廃棄請求、及び損害賠償請求を提起し、その結果、裁判所は特許権侵害を認め、その損害額を算定するに当たって、特許法102条3項の実施料相当額を適用した事例であり、実施料相当額の考え方などが示されているものです。

最高裁HP:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=88742

(1)事件の概要
①本件の特許権(特許5891575号)
本件特許権は、発明の名称を「シリコーン・ベースの界面活性剤を含むアルコール含有量の高い発泡性組成物」とする、いわゆるアルコール性消毒剤に関するものであって、請求項1の発明(本件発明1)は下記のように分説されるものです。

[本件発明1]

1A 発泡性アルコール組成物であって,低い圧力で空気と混合されるときに発泡性であり,下記の成分;
1B a)全組成物の少なくとも40%v/vの量で存在する,C1-4アルコール又はその混合物;
1C b)全組成物の0.01重量%~10.0重量%の量で存在する,発泡のための,シリコーン骨格を含有する親油性鎖を含む生理的に許容されるシリコーン・ベースの界面活性剤を含む発泡剤であって,bis-PEG-[10-20]ジメチコーン,又はbis-PEG-[10-20]ジメチコーンの混合物であり,組成物を空気と混合するディスペンサーポンプを有する無加圧ディスペンサーから分配されるときに,該発泡性アルコール組成物が空気と混合されて泡が形成される発泡剤;及び
1D c)全組成物を100重量%とする量で存在する水を含む
1A 発泡性アルコール組成物。

②被告らの行為

下記に示される速乾性手指消毒剤である被告製品を被告サラヤが製造し、被告サラヤと被告東京サラヤが販売していた。

[被告製品1]

a1 エタノールを含む発泡性組成物であり,下記のb~dの成分を含む;
b1 全組成物の約78.6%v/vのエタノール,
c1 全組成物の約1.66重量%の量で存在するbis-PEG-12ジメチコーン,
d1 全組成物の約25.6重量%の量で存在する水
このほか,被告製品1は,保湿剤としてグリセリン,ミリスチン酸イソプロピル及びアラントインを含有する。

[被告製品2]
a2 エタノールを含む発泡性組成物であり,下記のb~dの成分を含む;
b2 全組成物の約78.7%v/vのエタノール,
c2 全組成物の約1.81重量%の量で存在するbis-PEG-12ジメチコーン,
d2 全組成物の約25.1重量%の量で存在する水
このほか,被告製品2は,保湿剤としてグリセリン,ミリスチン酸イソプロピル及びアラントインを含有する。

③争点
(1) 技術的範囲に属否

(2) 無効理由の存否
(3) 原告の損害額

なお、ここでは主に争点(3)の原告の損害額についてご紹介します。

(2)裁判所の判断

裁判所は、本件特許につき、特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないと判断し、また、被告各製品は、いずれも本件各発明の技術的範囲に属する(即ち、侵害する)と判断した上で、差止請求・廃棄請求の可否、及び原告の損害額について、次のように判断いたしました。

8 差止請求・廃棄請求の可否
被告らは,被告各製品については処方変更をしたこと,平成30年12月4日時点で被告各製品の在庫が存在しないことが,それぞれ認められる。

この点をも踏まえると,まず,被告各製品の製造,販売等の差止めについては,被告らの応訴態度に鑑み,被告らが被告各製品を製造,販売等するおそれは依然として残っているというべきである。したがって,被告各製品の製造,販売等の差止めはなおその必要性が認められる。
他方,被告各製品の在庫は既にないことから,被告各製品の廃棄については,もはやその必要性が認められない。
したがって,被告各製品の製造,販売等の差止請求は理由があるものの,その廃棄請求は理由がない。

9 争点3(原告の損害額)について
(1) 実施料相当額
ア 被告各製品の売上高
(略)
イ 実施料率について
(ア) 特許法102条3項は,「特許権者…は,故意又は過失により自己の特許権…を侵害した者に対し,その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を,自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。」旨規定する。そうすると,同項による損害は,原則として,侵害品の売上高を基準とし,そこに,実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。

ここで,特許法102条3項については,「その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」では侵害のし得になってしまうとして,平成10年法律第51号による改正により「通常」の部分が削除された経緯がある。また,特許発明の実施許諾契約においては,技術的範囲への属否や当該特許の効力が明らかではない段階で,被許諾者が最低保証額を支払い,当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなど,様々な契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で,事前に実施料率が決定される。これに対し,特許権侵害訴訟で特許権侵害に当たるとされた場合,侵害者は,上記のような契約上の制約を負わない。これらの事情に照らせば,同項に基づく損害の算定に当たって用いる実施に対し受けるべき料率は,必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく,むしろ,通常の実施料率に比べておのずと高額になるであろうことを考慮すべきである。
したがって,特許法102条3項による損害を算定する基礎となる実施に対し受けるべき料率は,①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や,それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ,②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性,他のものによる代替可能性,③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様,④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。
(イ) 実施料の相場(①)
「実施料率〔第5版〕」によれば,「医薬品・その他の化学製品」(イニシャル無)の技術分野における平成4年度~平成10年度の実施料率の平均値は7.1%であり,昭和63年度~平成3年度に比較して上昇しているところ,その要因として,「実施料率全体の契約件数は減少しているものの,8%以上の契約に限れば件数が増加しており,この結果,…実施料率の平均値が高率にシフトしている。」,「この技術分野が他の技術分野と比較して実施料率が高率であることと,実施料率の高率へのシフト傾向は,医薬品が支配的であるが,これは近年医薬品の開発には莫大な費用が必要となってきており,また,代替が難しい技術が他の技術分野と比較して多いためであると考えられる。」との分析が示されている。また,同時期の実施料率の最頻値は3%,中央値は5%であることも示されている。
他方,「平成21年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書 知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~本編」によれば,「健康;人命救助;娯楽」の技術分野における実施料率の平均は5.3%,最大値14.5%,最小値0.5%とされている。また,「バイオ・製薬」の技術分野においては,平均6.0%,最大値32.5%,最小値0.5%とされている。
(ウ) 本件における実施料率を考えるにあたり考慮すべき事情(②~③)
a 原告は,本件各発明の技術的価値は極めて優れたものであり,また,速乾性手指消毒剤の市場における泡状の製品の占めるシェアの動向から,経済的にもその価値は高いなどと主張する。
泡状の速乾性手指消毒剤である被告各製品に係る宣伝広告,製品情報及び医薬品インタビューフォームでは,液状の速乾性手指消毒剤では手に取ったときにこぼれやすく,ジェル状の速乾性手指消毒剤では増粘剤が配合されているためにポンプのノズルの詰まりや繰り返し塗布したときの使用感が問題になることがあったところ,被告各製品は,これらの問題点を解決する製品である旨がうたわれていることが認められる。
また,本件各発明の実施品である泡状の速乾性手指消毒剤の販売業者が医療関係者向けに開設したウェブサイトには,泡が目に見えるので消毒範囲が確認できるとともに,泡が消えるまで塗り広げることが消毒時間の目安にもなる点や,増粘剤が入っていないので,ポンプが詰まらず,手に擦り込んでもヨレ(増粘剤入りの消毒剤や化粧品を手に擦り込んだ際に出る糊状の剥離物)が出ないことがうたわれている。さらに,平成30年9月26日付け薬事日報ウェブサイトの新薬・新製品情報に関する記事においては,第三者の販売に係る「医薬品として日本で初めて承認された低アルコール濃度72vol%の手指殺菌・消毒剤」の出荷開始予定について報じる中で,「同品の登場によって,手指消毒剤の課題であったアルコールによる手肌への刺激が低減され,…このほか,▽きめ細かく弾力のある泡で,手からこぼれるリスクを軽減する▽泡が目でしっかり見えるため,手指消毒の状態を確認できる-といった使用感も特徴。」,「現在,医療分野における手指消毒剤市場は約160億円とされ,構成比は液状が6割,ジェル状が3割,泡状が1割という状況。ただ,液状の構成比は年々減少しており,今後はジェル状と共に泡状も伸びていくことが見込まれている。」とされている。
加えて,被告サラヤが実施したアンケートによれば,アンケート対象者である医療従事者の施設で使用されている速乾性手指消毒剤の種類は,平成25年にはジェルタイプ67%,液タイプ27%,泡タイプ6%であったものが,平成27年にはそれぞれ66%,24%,10%となっている。
以上の事情を総合的に見ると,被告各製品と本件各発明の実施品に加え,第三者の製品も,本件各発明の奏する作用効果と同趣旨と見られる効果を利点としてうたっていることなどに鑑みれば,泡状の手指消毒剤において本件各発明が持つ技術的価値は高いものと見られる。また,手指消毒剤の市場において,泡状の製品のシェアが徐々に高まっていることがうかがわれることに鑑みると,本件各発明の経済的価値も積極的に評価されるべきものといえる。もっとも,後者に関しては,ジェル状の製品のシェアはなお維持されているといってよいことに鑑みると,その評価は必ずしも高いものとまではいえない。実施料率の決定要因としては,当該特許発明の技術的価値よりも経済的価値の方がより影響力が強いと推察されることに鑑みると,このことは軽視し得ない。
(中略)
b 被告各製品は,被告製品1(500mLの泡ポンプ付が定価1760円,300mLの泡ポンプ付が1200円,80mLの泡ポンプ付が670円,600mLのディスペンサー用が2000円。),被告製品2(500mLの泡ポンプ付が1760円,300mLの泡ポンプ付が1200円,200mLの泡ポンプ付が930円,80mLのものが670円,600mLのディスペンサー用が2000円。)いずれも比較的低価格である。反面,これを踏まえて被告各製品の売上高を見ると,その販売数量は多いといえるから,被告各製品はいわゆる量産品であり,利益率は必ずしも高くないと合理的に推認される。この点は,本件各発明を被告各製品に用いた場合の利益への貢献という観点から見ると,実施料率を低下させる要因といえる。
(エ) 小括
上記(イ)及び(ウ)の各事情を斟酌すると,特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき,本件での実施に対し受けるべき料率については,7%とするのが相当である。これに反する原告及び被告らの各主張は,いずれも採用できない。

エ 弁護士費用及び弁理士費用相当損害額
また,上記ウの額その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,被告らの特許権侵害行為と相当因果関係に立つ弁護士費用及び弁理士費用相当損害額は,被告サラヤによる販売分(被告東京サラヤに対する販売分を除く。),被告東京サラヤによる販売分それぞれにつき31万円と認めるのが相当である。

10 被告製品2の販売に関する共同不法行為責任について
被告ら相互の関係や被告各製品の流通過程に照らせば,被告東京サラヤによる被告各製品の販売行為については,被告らの間に客観的関連共同にとどまらず主観的関連共同も認められるから,被告らによる共同不法行為が成立し,被告サラヤは連帯して損害賠償責任を負うと解するのが相当である。

11 遅延損害金の起算日について
原告は,平成28年3月4日~平成29年9月20日までの間に販売された被告各製品に係る損害分については平成29年10月12日(訴状送達の日の翌日)を,平成29年9月21日~平成31年1月10日までの間に販売された被告各製品に係る損害分については平成31年1月18日(訴えの変更申立書送達の日の翌日)を遅延損害金の起算日として主張する。
不法行為に基づく損害賠償請求権の遅延損害金の起算日は不法行為の日以後でなければならないところ,被告各製品の販売は,遅くとも平成31年1月10日までに行われたことは明らかであるものの,それ以上の詳細は証拠上明らかではない。そうすると,本件における被告らの損害賠償債務の遅延損害金の起算日は,原告の上記主張の趣旨も併せ考慮し,平成31年1月18日とするのが相当である。

(3)コメント

①本事件は、被告の行為(被告製品の製造販売)は原告の特許権を侵害するとして、原告がその行為の差止・廃棄、及び損害賠償を請求したものです。いずれの請求も被告行為の侵害性が認められなければならないところ、裁判所は、その侵害性を認めた上で、損害賠償請求に伴う損害額を認定しました。

特許権侵害に基づく損害額の算出は困難であることが多いことから、民法の特則として特許法102条に損害額の算出に関する規定があります。特102条1項は、被告の侵害品の譲渡数量に原告の単位数量当たりの利益額を乗じたい額を原則として原告の損害額とすることができる規定であり、同2項は、被告の利益額を原則として原告の損害額と推定する規定であり、そして同3項は実施料相当額を原告の損害額として請求することができる規定です。

昔は、現1項はなかったのですが、侵害者利益の算出が難しいことと(算出に必要な証拠が被告の手元にあるなどの理由で)、被告の利益率が低い場合に十分な損害額を得られないおそれがあったことなどから、原告の利益率を乗ずる1項が追加されました。以前は新設された1項による請求が多かったように思いますが、原告が自身の利益額をオープンにしたくないなどの理由で、結構、2項による請求も近年は増えているように思われます。2項による損害額の請求でも、以前に比べ認められ易くなってきたとことが背景にあるのかもしれません。

1項2項に勝るとも劣らず、3項の実施料相当額で損害額を求めるケースも依然多いように思います。

②本事件は、特許法102条3項の実施料相当額で損害額を求めたケースです。同3項も修正された経緯があり、本判決でも述べられていますが、以前は「通常」の実施料相当額となっていました。それが平成10年の法改正によりその「通常」が削除されました。「通常」があると、侵害者に対しても一般のビジネス交渉におけるライセンス契約上の実施料と同程度しか認められ難く、勢い侵害し得になる可能性がありましたので、「通常」を削除して多少なりともその憂いが払拭されました。故に、同3項による実施料相当額は、理論的には一般のビジネス交渉におけるライセンス契約上の実施料より高額であることが推測されます。

本事件においても、一般のビジネス交渉におけるライセンス契約上の実施料より高額にしようとしていることが窺えます。

そして、本判決では、3項の実施料相当額の料率を定めるに当たり考慮すべき事項として下記の4つが具体的に掲げられ、それらを総合考慮して、本件における実施料相当額が算出されています(実施料率7%と判断。通常であれば5%かも?)。

1)当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や,それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等、

2)当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性,他のものによる代替可能性、

3)当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、

4)特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情

なお、上記4事項は、本判決の2週間ほど前に出された知財高裁の大合議判決(令和元年6月7日、平成30年(ネ)10063)でも、ほぼ全く同じ事項が示されています。あたかも連絡を取り合っていたように。東京と大阪の知財裁判所の間でも情報交換が行われているのだろうなと想像しました。

③本事件では、弁護士費用(積極的損害)が逸失損害額(消極的損害)の10分の1程度認められています。他の事例でもそうだと思いますが、相場的にいつも逸失損害額の10分の1程度と思われます。その理由は分かりません。

本事件では、また、被告が2社存在し、その2社間において客観的関連共同のみならず、主観的関連共同をも認められ、共同不法行為の成立が認められているところも興味深いです。そのため、被告は連帯して損害賠償責任を負うとされています。

④最後に遅延損害金の起算日に関してですが、原告は訴状送達日の翌日又は訴えの変更申立書の送達日の翌日を起算日として主張しています。そうしたところ、裁判所は、不法行為に基づく損害賠償請求権の遅延損害金の起算日は不法行為の日以後でなければならないことを示しつつ、被告各製品の販売は、遅くとも平成31年1月10日までに行われたことは明らかとしながらも、原告が訴えの変更申立書の送達日の翌日、平成31年1月18日と主張していることなどを踏まえ、平成31年1月18日を遅延損害金の起算日と判示しています。

状況からして、侵害行為が遅くともあったとされ、また原告も分かっていた平成31年1月10日の翌日の平成31年1月11日を起算日として主張していれば、その日を遅延損害金の起算日として認められたのではないかと推測します。その方が遅延期間が長くなり、原告に有利ではないかと思われます。

不法行為に基づき損害賠償請求権における遅延損害金の起算日は、上記の通り、不法行為以降ですから、何故に訴状送達日の翌日や訴えの変更申立書の送達日の翌日を原告は起算日として主張したのでしょうか。少し疑問に思いました。

もしかすると、返済期限の合意のない金銭の貸し借りに関する事件における遅延損害金の起算日は、訴状送達日の翌日とされるようですので、それと何か関係しているのでしょうか。

⑤なお、上記の知財高裁の大合議判決は、6月に示された今のところ最新のものであり、特許法102条3項の実施料相当額の料率を定めるに際しての考慮事項(本事件の判示内容と同じ)の他に、特許法102条2項(侵害者利益)における「利益」の意義、推定覆滅の主張立証責任、推定が覆滅される事情などが判示されており、実務上参考になると思います。

以上、ご参考になれば幸いです。