2025/6/24

特許権の延長後の効力について判断された裁判例

令和7年(2025年)5月15日東京地裁47部判決

令和5年(ワ)第70527号 消極的確認請求事件

令和6年(ワ)第70016号 損害賠償請求反訴事件

 

原告:沢井製薬

被告:ブリストル-マイヤーズ スクイブ

 

本件は、特許権の延長後の効力(特許法68条の2)に関して、原告製品は「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」たる被告製品(スプリセル錠)と医薬品として実質同一でないから、延長登録された本件特許権の効力は原告製品の製造等には及ばないと判示された民事事件に関するものです。

最高裁HP:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/154/094154_hanrei.pdf

 

[1]本事件の概要

(1)本訴(原告請求)

本件本訴は、原告製品を製造販売する原告が、発明の名称を「環状タンパク質チロシンキナーゼ阻害剤」とする発明に係る特許第3989175号(以下「本件特許」といい、その特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である被告に対し、存続期間の延長登録(延長登録出願2011-700199及び2011-700200)を受けた本件特許権の効力は、原告による原告製品の生産等には及ばない旨を主張して、主位的にはその旨の確認を求めると共に、予備的に、被告が原告に対して本件特許権に基づく差止請求権及び本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権をいずれも有しないことの確認を求める事案。

(2)反訴(被告請求)

本件反訴は、被告が、原告製品は本件発明(請求項9の発明)の技術的範囲に属し、延長後の本件特許権の効力は原告による原告製品の生産等に及ぶ旨を主張して、原告に対し、本件特許権侵害の不法行為に基づき、1億円の損害賠償及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である令和6年1月25日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案。

(3)本件特許

本件特許の存続期間は、延長後を含め、既に満了

(4)主な争点:延長登録された本件特許権の効力と原告製品

 

[2]裁判所の判断

裁判所は、下記のように判示し、原告製品は被告製品(スプリセル錠)と医薬品として実質同一でないから、延長登録された本件特許権の延長後の効力は原告製品の製造等には及ばないと判断しました。

(1)延長登録された本件特許権の効力と原告製品

①延長された特許権の効力の及ぶ範囲について

特許法68条の2は、特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨が、政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものであることに鑑み、存続期間が延長された場合の当該特許権の効力について、その特許発明の全範囲に及ぶのではなく、「政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)」についての「当該特許発明の実施」にのみ及ぶ旨を定めるものである。同条は、「政令で定める処分の対象となった物」(「当該用途に使用されるその物」を含む。以下同じ。)の範囲内では、政令処分を受けることが必要であったために特許発明を実施することができなかった特許権者を救済するために、延長された特許権の効力を及ぼすことが必要と認められる反面、その範囲を超えて延長された特許権の効力を及ぼすことは、期間回復による不利益の解消という限度を超えて特許権者を有利に扱うことになり、前記の延長登録の制度趣旨に反するばかりか特許権者と第三者との衡平を欠く結果となることから、前記のとおり定められたものである。

イ 「政令で定める処分の対象となった物」に係る特許発明の実施行為の範囲について

(ア) 「政令で定める処分」が薬機法所定の医薬品に係る承認に係るものである場合、同承認に必要な審査の対象となる事項等に鑑みると、存続期間が延長された特許権は、具体的な政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で効力が及ぶと解するのが相当である。

そうすると、相手方が製造等する製品(以下「対象製品」という。)につき、具体的な政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」において異なる部分が存在する場合、対象製品は、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するということはできない。もっとも、政令処分で定められた上記審査事項を形式的に比較して全て一致しなければ特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、延長登録制度の趣旨に反するのみならず、衡平の理念にもとる結果になる。このような観点から、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及ぶというべきであり、第三者はこれを予期すべきである。

したがって、政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に過ぎないときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するものと解される。

(イ)ここで、医薬品の成分を対象とする物の特許発明において、政令処分で定められた「成分」に関する差異、「分量」の数量的差異又は「用法、用量」の数量的差異のいずれか 1つないし複数があり、他の差異が存在しない場合に限定してみれば、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは、特許発明の内容(当該特許発明が、医薬品の有効成分のみを特徴とする発明であるか、医薬品の有効成分の存在を前提として、その安定性ないし剤型等に関する発明であるか、又は、その技術的特徴及び作用効果はどのような内容であるかなどを含む。以下同じ。)に基づき、その内容との関連で、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の技術的常識を踏まえて判断すべきである。

上記場合において、対象製品が政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と医薬品として実質同一なものに含まれる類型の1つとして、「医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関し、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合」を挙げることができる。この場合、その差異は上記「僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異」に当たり、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるというべきである。

②事実認定

・・・

ウ 原告製品とスプリセル錠の成分等

スプリセル錠と原告製品の各添付文書における有効成分や添加剤に係る記載を項目ごとに対比すると、以下のとおりである(下線部は相違する点を示す。)。

スプリセル錠 原告製品
一般名 ダサチニブ水和物 ダサチニブ
販売名 スプリセル ダサチニブ「サワイ」
有効成分 ダサチニブ水和物 ダサチニブ(無水物)
添加剤  

乳糖水和物

結晶セルロース

クロスカルメロースナトリウム

HPC

ステアリン酸マグネシウム

ヒプロメロース

酸化チタン

PEG400

カルナウバロウ

乳糖

結晶セルロース

クロスカルメロース Na

HPC

ステアリン酸 Mg

ヒプロメロース

酸化チタン

効能又は効果 慢性骨髄性白血病

再発又は難治性のフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病

同左
用法用量 〈慢性骨髄性白血病〉

(1) 慢性期

・・・・

同左

 

エ スプリセル錠について

(ア) 厚生労働省医薬食品局審査管理課作成に係る平成20年12月4日付け「審議結果報告書」には、スプリセル錠に関し、以下の記載がある。

「2) 製剤開発/ダサチニブ遊離塩基及び薬学的に使用可能な塩について、製剤化に最適なものを選択するための検討が行われた。その結果、吸湿性が低く、安定な結晶性物質として安定生産が可能な一水和物が選択された。/なお、海外第I相試験で使用された錠剤は、その後、安定性試験で分解物(BMS-707525-01)が観察され、当該分解物はコーティング剤中に含まれる…との反応により生じたことが判明したことから、以降の臨床試験用及び市販予定の錠剤は、当該分解物が生成しないようにするために、コーティング剤中の可塑剤としてポリエチレングリコール(マクロゴール400)を含有したオパドライが、コーティング剤(プレミックス)として使用されている。」

(イ) 被告出願に係る特許(特許第5173794号)に係る審査過程での拒絶理由通知に対する被告の意見書には、以下の記載がある。

「13.…可塑剤として PEG400 を含有するフィルムコートを用いるとき、錠剤中の式Iの化合物の総分解生成物は予想外に低いことが分かった。…コーティング中にPEGを含有する錠剤は、式Iの化合物の化学的安定性の改善という…予想しえない利益を提供する。」

オ 原告製品について

(ア) 原告製品の医薬品インタビューフォーム

原告製品の医薬品インタビューフォームの「9.溶出性/〈溶出挙動における同等性及び類似性〉」欄には、溶出試験の結果につき、以下の記載がある。

a 「ダサチニブ錠20mg「サワイ」」について

・「結果」欄

・・・

・「結論」欄

「以上の結果より、両製剤の溶出挙動は類似していないと判断した。/しかしながら生物学的同等性試験で同等性が確認されたため、両製剤は生物学的に同等であると判断した。」

カ 原告の行った各種試験等について

(ア) ダサチニブ無水物原薬と添加剤の接触試験

無水物原薬とPEG400を混合して 60℃60%RH 開放条件で保管すると、イニシャルと比較して総額縁物質が0.19%から0.22%に増加することが認められた。それに対して無水物原薬と HPC を混合した場合には、HPCはマクロゴール400 の2.5倍の濃度で接触させているにも関わらず、60℃60%RH 開放条件の保管後であってもイニシャルからの純度の変化がなく、PEG400よりも良好な安定性を示すことが判明した。

(イ) ダサチニブ水和物/無水物の原薬の光安定性試験

・・・

(ウ) ダサチニブ水和物及びダサチニブ無水物の平衡溶解度ないし溶出性について

a 平衡溶解度について

論稿“Structural and Physicochemical Aspects of Dasatinib Hydrate and Anhydrate phases”(2013 年(平成 24 年)4 月 4 日公開。)には、ダサチニブの無水物と水和物の平衡溶解度は、無水物が水和物より2.4倍溶解度が高い旨の記載がある。

b 溶出率について

原告が実施したダサチニブ水和物含有製剤とダサチニブ無水物含有製剤の製剤溶出性に関する試験に係る令和 6 年 6 月 5 日付け「試験結果報告書(製剤溶出性)」には、上記論稿「と同じ傾向が今回製造した水和物製剤、無水物製剤においても見られ、pH5.0、あるいは pH6.8の液への溶出性において、無水物製剤において水和物製剤よりも、際だって高い溶出性を示した。」との記載がある。

・・・

③検討

ア 本件発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、本件発明は「化合物またはその塩」の発明であり、専ら新規化合物を対象とした化合物発明といえる。換言すれば、本件発明の特許請求の範囲としては、「医薬」ないし「医薬組成物」に関する発明であることは記載されていない。もっとも、本件明細書には、「本発明は環状化合物およびそれらの塩…および上記化合物を含む医薬組成物に関する」旨の記載があるほか(【0001】)、本件発明の「利用性」として、本件発明に係る化合物等の医薬としての利用を想定し得る具体的な障害及び疾患が広く例示されている。これに加え、本件発明の技術的範囲に属する原告製品及びスプリセル錠において現に有効成分として本件発明に係る化合物等が用いられていることをも考慮すると、本件発明は、専ら医薬品の有効成分となる新規化合物を対象とした発明であり、医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明と理解される。

医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関し、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれると解すべきである。

本件における「対象製品」たる原告製品は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」であるスプリセル錠との比較において、有効成分ではない「成分」に関し、スプリセル錠が添加剤としてPEG400を添加するのに対し、原告製品ではこれを添加しておらず、コーティング剤としてカルナウバロウが添加されている。このような差異について、ダサチニブ水和物を有効成分とするスプリセル錠は、安定性試験でコーティング剤中に生じた分解物の生成を抑えるためにPEGを添加したものとみられる。他方、原告製品は、吸湿性や安定性においてダサチニブ水和物に劣るダサチニブ無水物を有効成分とするところ、安定性につき、PEGを含む場合よりもHPCを混合した方が優れることを確認し、PEGをHPCに転換したものとみられる。これに加え、原告は、ダサチニブ無水物はダサチニブ水和物に比して平衡溶解度ないし溶出性が高い性質を有すると考えられるところ、結晶セルロース及びHPCのグレードを検討した結果を踏まえ、スプリセル錠に溶出挙動が近いものを選択したとみられる。さらに、安定性においてダサチニブ無水物がダサチニブ水和物に劣る点については、証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告製品の酸化チタンの含有量を20%とし、コーティング剤の厚みを20mg錠については素錠の4.0%w/w、50mg錠については3.5%w/wとすると共に、光安定性を高めるために多量の酸化チタンが含まれることなどを原因として錠剤の滑り性が劣ることから、スプリセル錠に含まれない成分であるカルナウバロウを添加したとみられる。

以上のとおり、本件における「対象製品」たる原告製品、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」であるスプリセル錠と対比すると、有効成分ではない「成分」であるPEGを転換すると共に、カルナウバロウを添加しており、スプリセル錠(ダサチニブ水和物)と原告製品(ダサチニブ無水物)との有効成分の違い等に起因する課題を踏まえ、上記添加剤の付加ないし転換を行っているものとみられる。このような添加剤の付加ないし転換が周知・慣用技術に基づくものと認めるに足りる的確な証拠はなく、むしろ、原告が自己の技術等に基づき、原告製品の溶出挙動をスプリセル錠のそれに近付け、又はスプリセル錠との生物学的同等性を得るために、これらの添加剤の付加ないし転換を行ったことがうかがわれる。

したがって、原告製品は、医薬品としてスプリセル錠と実質同一なものに含まれるということはできない

イ 被告の主張について

(ア) まず、被告は、原告製品は、後発医薬品として、先発医薬品と有効成分等が同一であることを前提に臨床試験が免除され、生物学的同等性試験のみを経ることで、先発医薬品と同等の品質、有効性及び安全性を備えるものとして製造販売の承認を受けているのであるから、原告製品とスプリセル錠とで差異があるとしても有意な差異とはいえない旨主張する。しかし、このような被告の主張は、要するに、医薬品の承認制度の面から、後発医薬品として承認されたものは全て実質同一物に当たるというに等しく、特許法68条の2の制度趣旨等に鑑みると直ちには採用できない

(イ) また、被告は、本件発明はチロシンキナーゼ阻害作用を有するダサチニブという新規化合物に係る物質特許発明であり、「医薬品の有効成分のみを特徴とする発明」に当たるところ、「医薬品の有効成分」とは、上位概念としての化合物を意味するものであり、特定の存在形態に限定されない旨、及び、原告製品は、患者の体内でダサチニブがチロシンキナーゼ阻害作用を同程度に発揮する点で、スプリセル錠と同程度に本件発明の本質を備えており、その差異は僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に過ぎない旨を主張する。

確かに、本件明細書には、「本発明の化合物のプロドラッグや溶媒和物も本発明に含まれる。…好ましくは、式Iの化合物の溶媒和物は水和物である」(【0043】)との記載があることなどに鑑みると、ダサチニブ水和物とダサチニブ無水物というスプリセル錠と原告製品の有効成分における差異は、医薬品としての効能に影響しないことがうかがわれる。しかし、政令処分が薬機法所定の医薬品に係る承認である場合、当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった物を特定するための事項としての「成分」は、有効成分に限られない。また、本件明細書には、生物活性に関する具体的なデータは開示されていないし、本件発明の化合物が有用とされる具体的な障害の処置の例として、スプリセル錠及び原告製品の効能・効果である「慢性骨髄性白血病」及び「再発又は難治性のフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病」は明示的には示されておらず、加えて、医薬品を構成する添加成分等については一般的な例が開示されているにとどまり、具体的な医薬品の構成は開示されていない。これらの事情に鑑みると、本件発明に係る特許の内容を踏まえても、ダサチニブ水和物とダサチニブ無水物という差異が医薬としての効能に影響しないことをもって、スプリセル錠と原告製品とが実質同一なものとみることは必ずしもできない

(ウ) 被告は、スプリセル錠と原告製品の違いは、前者にはPEGが含まれるのに対し、後者にはカルナウバロウが含まれている点だけであり、その余の添加剤は共通するところ、これらはいずれも周知慣用の医薬品添加剤である旨主張する。

このような添加剤の付加ないし転換が周知・慣用技術に基づくものと認めるに足りる的確な証拠はないことは前記のとおりである。また、これらの添加剤それ自体が周知慣用の成分であるとしても、当該添加剤の添加量や、その有効成分及び他の添加剤との関係のほか、具体的な製造に当たりいかなる添加剤を採用し、どのように添加をするかは、医薬品の性状・性質、更には医薬製剤としての作用効果に影響を与え得る原告は、自己の技術等に基づき、原告製品の溶出挙動をスプリセル錠のそれに近付け、又はスプリセル錠との生物学的同等性を得るために、これらの添加剤の付加ないし転換を行ったことがうかがわれることを踏まえると、添加されている添加剤の成分が周知慣用のものであることをもって直ちに原告製品とスプリセル錠の差異が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たるとはいえない

ウ 小括

以上のとおり、本件において、対象製品である原告製品は、「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」たるスプリセル錠と医薬品として実質同一であると認めることはできないから、延長登録された本件特許権の効力が原告製品の製造等に及ぶとはいえない。

 

(2)確認の利益の有無

①主位的請求について

一般に、確認の訴えにおいて確認の利益が肯定されるためには、当事者間の紛争解決のために訴訟物である権利関係の存否を判決により確認する必要があり、かつ、確認の訴えによることが当該紛争の解決にとって適切であることを要すると解される。本件のように当事者間の紛争が特許権侵害に係る権利関係の有無である場合、当事者間の紛争解決にとっては、端的に特許権者の特許権に基づく差止請求権ないし特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権等の存否を判決によって判断するのが適切であって、特許権の効力が被疑侵害物件等に及ぶか否かは、その判断の前提問題に過ぎない。

したがって、本件本訴に係る訴えのうち主位的請求は、確認の利益を欠き不適法である。

②予備的請求について

被告の原告に対する本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認を求める部分については、被告、本件反訴として、原告を反訴被告とする本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを提起している。そうすると、本件本訴に係る上記請求と本件反訴請求とは訴訟物を同一にするものといえるから、原告の上記請求に係る訴えは、確認の利益を認めることができず、不適法である(最高裁平成13年(オ)734号等)。

被告の原告に対する本件特許権に基づく差止請求権の不存在確認を求める部分については、本件各延長登録を含め本件特許権の存続期間は既に満了していること、にもかかわらず原告と被告との間で本件特許権に基づく差止請求権の存否に係る法的紛争がなお存在していることをうかがわせる具体的事情は見当たらないことに鑑みると、やはり確認の利益を認めることができず、不適法なものというべきである。

 

以上のとおり、本件本訴に係る訴えは、いずれも確認の利益を欠く不適法なものであるから、これらをいずれも却下すべきである。

 

[3]コメント

(1)延長後の特許権の効力が及ぶ範囲に関する裁判所の判断について

ア 延長後の特許権の効力は、現状、先の知財高裁大合議の判決(オキサリプラチン事件;平成29年1月20日判決、平成29年(ネ)第10046号)で示されたに規範に基づき判断するのが趨勢と思われ、具体的には、いわゆる後発医薬品ないしジェネリック医薬品が先発医薬品に係る「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」(医薬品としての基本的事項)によって特定された「物」と全く同じか、全く同じでなくてもその物と実質同一であると考えることができれば及び、そうでなければ及ばないと判断することになるかと思います。実務的には、先発医薬品と賦形剤や剤型等を含めて全て同じ後発医薬品は、オーソライズド・ジェネリック(AG)でない限り、ほぼないと思われますので、一般的には、後発医薬品が上記で特定された物と実質同一と言えるか否かで判断することになるかと思います。そして、実質同一と言えるか否かは、その異なる部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に過ぎないと言えるか否かで決します。加えて、上記大合議判決では、実質同一なものに含まれる類型の1つとして、「医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関し、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合」を挙げています。

今回の事件は、基本的には当該有効成分ではない成分の相違周知・慣用技術に基づいた付加、転換等に当たる否か、またその相違が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に過ぎないと言えるか否かを判断した下級審判決であり、この点について判断された例は(殆ど)ないと思われますので非常に興味深いと思われます。そして、本判決の結論とその理由については、上記大合議判決で示された規範や本事件の事実関係などからして、妥当であると思いました。

 

イ ただそうすると、周知・慣用な異なる成分を単に付加・転換等しただけでは先発医薬品と生物学的に同等な後発医薬品は開発できず、そのために何らかの創意工夫を行って後発医薬品を開発する必要があったなどの事情があれば、そのような後発医薬品はもはや先発医薬品と実質同一とは言えず、延長後の効力が及ばなくなり、一方そのような何らかの創意工夫が必要な後発医薬品の開発の困難性は、それほど高くないように思われます。そうであれば、日本では基本物質特許であっても、延長後の特許権の効力が及ぶ範囲は非常に狭くなるおそれがあり、日本の特許権の延長制度は有名無実なものになってしまう可能性があるかと思います。譬え延長されて特許権の存続期間が出願日から25年に延長されたとしましても、実質的には20年のままであると言っても過言ではないかもしれません。

日本の特許権の延長制度を実効あるものにするためには、例えば、異なる成分を用いることにより当然に予想される物性(溶出性や安定性等)の相違を克服して生物学的に同等な後発医薬品を周知・慣用技術に基づき創作する程度のことは(特許性のある創作は別)、当業者が通常行う創作能力の発揮に過ぎないとして実質同一とし、侵食された特許期間による先発者の不利益を解消する必要があるように思われます。先発医薬品は1処方か、あるいは有効成分の分量が異なる2、3処方のみであり、有効成分以外の成分や分量を様々に変更した先発医薬品の製造承認(政令処分)を取得することはなく、治療上もビジネス上もその必要性もないことから、その辺りも加味して当該実質同一性の判断をすべきかと思います。

 

ウ 本事件においては、先発医薬品(被告製品、スプリセル錠)と後発医薬品(原告製品)との違いは、有効成分について、先発医薬品が「水和物」であるところ、後発医薬品は「無水物」である点、及び有効成分以外の成分について、先発医薬品がPEG400(賦形剤の一つ)を含むところ、後発医薬品ではそれを含まず、別途、コーティング剤としてカルナウバロウ(賦形剤の一つ)を含む点かと思います。通常の後発医薬品では、有効成分の付加物(塩や水和物など)まで含めて有効成分は全く同一であることが多いと思われますので、本事件の少しユニークなところの一つかと思われます。

なお、水和物、無水物といっても、その活性本体は同じですので、医薬としての効能効果は同一と考えて差し支えないと思います(基本的に水和物又は無水物と塩も活性本体が同じであれば医薬としての効能効果は同一)。そうでないと、もはや先発医薬品のジェネリックと言えなくなると思います。但し、本事件のように例えば溶出性(溶解性)や安定性まで、あるいは薬物動態(吸収・分布・代謝・排泄といったADMEの中の特に最初の体内吸収速度)まで同じであるかは定かでないというのが技術常識かと思います。

 

エ 裁判所は、上記相違点について検討し、水和物か無水物かの相違に由来する主に有効成分の安定性や溶出性の違いに着目し、原告が先発医薬品のPEG400を原告製品(後発医薬品)に含めなかった理由や、原告製品(後発医薬品)にカルナウバロウを含めた理由を検討し、その結果「これらの添加剤それ自体が周知慣用の成分であるとしても、当該添加剤の添加量や、その有効成分及び他の添加剤との関係のほか、具体的な製造に当たりいかなる添加剤を採用し、どのように添加をするかは、医薬品の性状・性質、更には医薬製剤としての作用効果に影響を与え得る原告は、自己の技術等に基づき、原告製品の溶出挙動をスプリセル錠のそれに近付け、又はスプリセル錠との生物学的同等性を得るために、これらの添加剤の付加ないし転換を行ったことがうかがわれることを踏まえると、添加されている添加剤の成分が周知慣用のものであることをもって直ちに原告製品とスプリセル錠の差異が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たるとはいえない。」と判示し、原告製品(後発医薬品)と被告製品(先発医薬品、スプリセル錠)とは同一でも実質同一でもなく、本件特許権の延長後の効力は、原告製品(後発医薬品)に対しては及ばないと判断しました。

 

オ 本件特許権は、いわゆる有効成分に係る物質発明に関するものですが、それでも延長後は実際の製品(医薬品)における「成分(有効成分以外の成分も含む)、分量、用法、用量、効能及び効果」といった医薬品としての基本的事項との対比を強いられ、非常に狭く解釈されうる(物質特許であっても延長後の効力の実行性が危ぶまれる)ことを、本事件の判決は示唆しているように思われます。因みに、昔は、有効成分と用途のみの観点で対比されていましたので、比較的シンプルであり延長後の特許権の効力も実効性がある程度に広かったと思います。

本事件のように、有効成分が付加物か否かの点で若干異なると、前記の通り、安定性や溶出性やADMEが異なってくることは珍しくありませんので(一種の技術常識)、そうすると賦形剤等も試行錯誤して工夫する必要が生じ、採用した賦形剤等が譬え周知慣用な添加剤であっても本判決によれば、実質同一ではないということになる可能性が十分にあると思います。付加物が異ならなくても、結晶形の相違でも同様なことがいえ、やはり実質同一ではないということになる可能性が十分にあると思います。あるいは、例えば、有効成分の原薬粒子径が異なっても、同様なことが言えるかもしれません。

また、有効成分が付加物や結晶形、あるいは粒子径も含め全く同一であっても、例えば、製剤特許を取得し、その製剤発明に基づいた後発医薬品は、もはや周知慣用技術によるものとは言えないのではないかと思われますので、やはり実質同一ではないということになる可能性が十分にあると思います。

逆に、先発医薬品と実質同一である場合としては、例えば、試行錯誤を行う実験をしなくても、基本的に安定性や溶出性、ADMEといった物性(有効成分の動態)に大きな違いはないだろうと思われる賦形剤等に変更されたような場合に限られるのではないかと思われます。例えば、単なる増量剤的賦形剤として先発医薬品ではHPCが用いられ、これに対して後発医薬品ではHPMCが採用された場合が考えられるかと思います(それでも場合により、安定性等が異なってくる可能性がある。)。

 

カ 本事件のように、あらゆる用途(用法用量・効能効果等)・製法・組成物等に対して効力を有する基本特許と言われる物質特許でさえ、延長後は、実際の先発医薬品の基本的事項との対比に基づいて、当該医薬品と実質同一の範囲までしか効力が認められないのであれば、上述した通り、医薬品についても日本では出願から20年しか特許権の実効力がないと言っても過言ではないかもしれません。医療費の高騰から少しでも安い後発医薬品を推進するとの国の施策には適うかもしれませんが、日米欧における医薬品市場の一角において基本物質特許の効力が実質20年しかなければ、画期的な新薬開発への先行投資にも影響を与えるかもしれません。

 

特許権の延長後の効力が先発医薬品と実質同一の範囲までとされるのは、日本の延長制度にそもそも問題があるのではないかと思います。日本では複数の特許が複数回延長され得る一方、延長後の効力は、処分の対象となった物(用途付き物)についての当該特許発明の実施以外には及ばないと規定され(特許法68条の2)、処分毎に特許権の効力が細かく区切られ細分化しています。欧米では、最初の処分に対して1特許1回のみの延長登録であり、代わりにその延長特許が物質特許であれば後の処分に係る用途や用法用量等であっても延長後の効力が及びます。日本の延長制度を、例えば、欧米の延長制度に近いものに改め、欧米とハーモナイズすることも一考かと思われます。なお、延長対象や延長期間の計算方法などは独自で良いと思います。

 

(2)本訴請求に係る確認の利益の有無について

本判決では、冒頭(上記では後に記載)、まず、原告が求める主位的請求(特許権の効力が被疑侵害物品(原告製品)に及ぶかという消極的確認請求)及び予備的請求(不法行為に基づく差止請求権と損害賠償請求権の不存在確認請求)について判断され、いずれも不適法として却下されました(いわゆる門前払い)。その理由は、主位的請求については、当事者間の紛争解決は、差止請求権や損害賠償請求権等の存否によって判断するのが適切で、当該効力が及ぶか否かはその判断の前提問題に過ぎないからということであり、予備的請求については、当該請求と反訴請求(特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求)との訴訟物が同一であり、当事者間の紛争解決により適切な損害賠償請求の存否で決すれば足りるということかと思われます。いずれも妥当と思いますが、予備的請求に係る判断は、最高裁判例に基づいているようです。

また、予備的請求の中の不法行為に基づく差止請求権の不存在確認請求については、当該請求権の基礎となる特許権が既に消滅しており、その存否に係る法的紛争がなお存在していることをうかがわせる具体的事情は見当たらないからと判断され、当該不存在確認請求についても不適法として却下されました。

 

以上、ご参考になれば幸いです。