2023/9/27
商標法3条1項3号の「普通に用いられる表示」か否か
令和5年(2023年)8月31日知財高裁4部判決
令和5年(行ケ)第10029号 審決取消請求事件
原告:X
被告:特許庁長官
本件は、商標法3条1項3号等の該当性について争われた事件であって、当該規定中の「普通に用いられる表示」という要件に本願商標が当てはまるか否かの判断において興味深いと思います。
[1]本事件の概要
(1-1)本件商標
本願(商願2018-121640)は、第43類「死後硬直後のうなぎを用いたうなぎ料理の提供」を指定役務とした下記の商標見本に関するものである。
(1-2)特許庁の判断
①本願商標をその指定役務に使用したときは、これに接する取引者、需要者は、当該文字から「熟成させた鰻の提供」であることを理解するにとどまるというべきであって、本願商標は、役務の質を普通に用いられる方法で表示するにすぎない。
②本願商標をその指定役務中、「熟成させた鰻の提供」以外の役務に使用するときは、その役務が「熟成させた鰻の提供」であるかのように、役務の質の誤認を生じさせるおそれがある。
(1-3)争点
①商標法3条1項3号の該当性
②商標法4条1項16号の該当性
[2]裁判所の判断
裁判所は、下記のように判示し、本願商標は、商標法3条1項3号及び商標法4条1項16号に該当すると判断し、特許庁の拒絶審決を支持しました。
(1)商標法3条1項3号の該当性
①商標法3条1項3号は、「その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。・・・)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は、商標登録を受けることができない旨を規定しているが、これは、同号掲記の標章は、商品の産地、販売地その他の特性を表示、記述する標章であって、取引に際し必要な表示として誰もがその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合、自他商品・役務識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないことから、登録を許さないとしたものである。
②本願商標は、縦長長方形風の枠の中に「熟成鰻」の文字を筆文字風書体で縦書きしてなるものである。
本願商標の「熟成鰻」からは,熟成させた鰻という意味 合いが生じ,本願商標に接した取引者,需要者は,通常,本願商標は,その 指定役務の質を示すものと認識するにとどまるものと解される。
③次に、「普通に用いられる方法で表示」の要件についてみるに、各種ウェブサイトによれば、飲食店一般において、提供される料理の質(内容)を筆文字風の書体をもって四角囲みで表示することが普通に行われている上、鰻を提供する飲食店のロゴ、看板、のれん等に限ってみても、筆文字風の書体を四角囲みで表示することが普通に行われているものと認められる。
原告は、本願商標は書家の手になるもので唯一無二のものであり、「熟成鰻」の文字を囲む長方形も角が丸くかすれた部分があるなど独自の部分があるなどと主張するが、「普通に用いられる方法で表示」の域を出るものではない。
(2)商標法4条1項16号の該当性
本願商標をその指定役務中、「熟成させた鰻の提供」以外の役務に使用するときは、その役務が「熟成させた鰻の提供」であるかのように、役務の質の誤認を生じさせるおそれがある。
[3]コメント
本件は、一般的な明朝体やゴジック体などではなく、筆文字風の多少特殊な書体と思われる「熟成鰻」なる用語を縦長長方形風内に納めた商標態様が、商標法3条1項3号に規定される「普通に用いられる方法で表示する」に該当するか否かが主に争われた事案です。
「熟成鰻」を例えば標準文字(JIS明朝体)で出願したならば、おそらく簡単に指定役務の質を普通に用いられる方法で表示するものに過ぎないとして拒絶されると思われたことから、少しでも「普通」と思われないような商標態様で出願された可能性があります。勿論、実際の使用態様でもあったと思います。しかし、標準文字等でなく、一見すると普通でない書体であるにも拘らず、本件では普通に用いられる方法で表示するものと認定されました。何故でしょうか。
本願商標のような筆文字風の書体で、それを縦長長方形風で囲ったような商標態様を出願した場合、仮に用語自体が識別性のない記述的なものであっても、普通に用いられる方法で表示するものと認定されないことも多いと思います。それが普通に用いられる方法で表示するものと認定されたのは、換言すれば本願出願人の誤算は、指定役務に係る鰻などの飲食物の提供において、筆文字風の書体を四角囲みで表示することが一般に行われていた取引実情をあまり考慮しなかったためではないかと思われます。但し、出願前に事前にそのような取引実情を考慮して危ない(拒絶されるリスクがある)と判断することは実務的には難しいこともあろうかと思われます。
仮に、明朝体やゴシック体等でない一般的には特殊な書体であると思われても、当業界の取引実情から指定商品ないし指定役務との関係で、普通に用いられる方法で表示するものと認定される可能性があると事前に判断された場合には、実際に使用する態様か否かといった問題もありますが、もう少し出願態様を工夫すべきかと思います。例えば、差し支えなければ、自他識別性を有する文字やロゴ、記号などを付記することが考えられます。あるいは、指定商品ないし指定役務との関係で、当業界の取引実情では見かけないデザインを施すことも考えられます。
なお、飲食物の提供のような指定役務においては、筆文字風の書体(用語自体は記述的)やそれを丸囲いなどしたような出願態様では、同様に拒絶されている例が散見されます。特許庁は、現状においては、そのような運用を行っているようです。
以上、ご参考になれば幸いです。